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三島由紀夫、柳美里……実在の人物を書いた「モデル小説」のトラブル史が映し出す社会と文学の変化

文=飯田一史(いいだ・いちし)

 

写真:Bettmann/Getty Images

 田山花袋が小説『蒲団』で女性の弟子への恋情を描いたこと、三島由紀夫が都知事選に出馬した男性をモデルにした『宴のあと』裁判によって日本で初めてプライヴァシー権が認められたこと、柳美里が顔に腫瘍のある女性をモデルにしたデビュー小説『石に泳ぐ魚』をめぐる裁判で敗訴したことは、よく知られている。そうした特定の誰かをモデルに書かれた「モデル小説」は、明治から現代までの間にどう変遷し、どんな社会的問題を引き起こしてきたかをまとめたのが、日本近現代文学を研究する名古屋大学准教授・日比嘉高氏の著者『プライヴァシーの誕生 モデル小説のトラブル史』(新曜社)だ。

 明治時代にはモデル小説で書かれた側の苦しみはほとんど考慮されなかったが、今ではモデル小説を商業出版すること自体が困難になっている。下世話な関心も集めてきたその120年をたどることで、近代における「小説」の立ち位置の不思議さが見えてくる。同書の著者・日比氏に訊いた。

日比嘉高著『プライヴァシーの誕生 モデル小説のトラブル史』(新曜社)

 

小説家とモデル、どちらに肩入れするか

――『プライヴァシーの誕生』を読んで、特定の誰かの秘された部分を描くモデル小説が文学・芸術として成立するということ自体、今の若い人には理解しがたいかもしれないと思いました。先生が大学の講義などでモデル小説について学生に話すと、反応はいかがですか?

日比 完全に虚構の人物を扱ったものと比べて、「モデルになった人物が実際にいた」作品がわかりにくいという反応は特段ありません。フィクションの登場人物にモデルがいたこと自体は古典文学からありますし、2000年代にブームになった頃のケータイ小説も「実話」をうたっていましたよね。「実際にいた/あった」には強いインパクトがあります。学生に作品を紹介すると、下世話なのぞき見的な興味も手伝うかもしれませんが、面白がって読んでくれます。

 ただ、「小説家側とモデル側、どちらに肩入れするか」と聞くと、今の学生たちは圧倒的に書かれた側に立つ。例えば柳美里さんの『石に泳ぐ魚』について、モデルとなった大学院生側の事情だけでなく、作家側にも書く自由があるし、決してモデルの人物そのままに描いてはいない――と、両方の立場を丁寧に説明した上で問うても、です。今、我々はそういう地点に立っている。

――ところが、20世紀前半の島崎藤村の頃には「モデルにされた者の苦しみは論及に値しないものだった」と本に書かれています。

日比 その変化こそが考えたかったところです。1980年代にはマスメディアによる報道被害が問題視され、2000年代以降には個人情報保護という観点も出てきました。さらに最近になると、既得権や権威的な人間に対する反感が強まっている。そういったいくつもの要因が絡まった結果、かつてとは異なり、今ではモデル側に肩入れしたい気持ちになっている。この120年で何が変わり、こうなったのかという「社会史としての小説史」のスナップショットを集めたものが、この本です。

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