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今週の『金曜ロードショー』を楽しむための基礎知識62

『リトル・マーメイド』、ジブリに対抗して作り上げた狂気の作画シーン

『リトル・マーメイド』、ジブリに対抗して作り上げた狂気の作画シーンの画像1
金曜ロードショー『リトル・マーメイド』日本テレビ 公式サイトより

 

 海底の王国、アトランティカ国王トリトンの末娘、アリエルは父王の命令で地上の人間と関わりあいを持つことを禁じられていたが、好奇心旺盛な彼女は仲良しの友達フランダーと一緒に、冒険と称して海上に出てはカモメのスカットルから聞かされる人間の話(ただし、ほとんどがデタラメ)に目を輝かせ、海底で拾った人間の道具を秘密の部屋にコレクションし、まだ見ぬ地上の世界に憧れ、美しい歌声を響かせていた。

 トリトンに娘のお目付け役を命じられた音楽家のセバスチャンに地上に憧れることを諫められるものの、海上に打ち上げられた花火に引き寄せられるように大きな船に近づいたアリエルは、一国の王子、エリックに一目惚れ。

 ところが直後に嵐が起き、乗組員ともどもエリックは荒れる海に投げ出される。エリックを救い出したアリエルは浜辺で歌を口ずさみながら介抱するが、執事の男が現れたことで姿を隠す。朦朧とする意識の中でアリエルの朧げな輪郭と歌声だけを記憶していたエリックはそれ以来、自分を救ってくれた女性のことだけを思う日々を送るように。

 セバスチャンが口を滑らせたことで、エリックを助けたことや秘密の部屋のコレクションのことを知った父王トリトンは娘を溺愛するが余り、怒りを爆発させコレクションを破壊してしまう。

 嘆き悲しむアリエルに近づいたのは、かつてトリトンによって王宮から追放された魔女のアースラ。アースラは人間の姿になれる薬を与え、エリックとキスを交わせば二人は結ばれるとそそのかす。ただし人間になる代わりにアリエルは声を失い、三日以内にキスを交わせなければ、アリエルはアースラのものになるという条件。

 こうして地上の世界に行き、エリックと知り合うアリエルだが、口がきけないのでエリックを助けたのは自分であると伝えることができない。また、エリックの方もとっぽいところがあるお坊ちゃんなのでアリエルの正体に気づかず、お互い無駄な時間を過ごす。

 期限の三日目が迫るころ、業を煮やしたアースラはアリエルの歌声を持つ美女ヴァネッサに扮し、エリックの心を操り虜にしてしまう。このままアリエルは声、人魚としての自分、愛するエリックさえも失ってしまうのか。

 1930~50年代に栄華を極めていたディズニーだが、66年にウォルト・ディズニーが死去すると、作品のクオリティを守っていたスタッフらが引退、退社、独立。すると目に見えて作品のクオリティが落ち続け、過去の焼き直しのような企画に手を出すようになり、ますます低評価を下され、80年代になると何をつくっても当たらない暗黒時代に突入する。

 かつては『シンデレラ』『バンビ』『ピーター・パン』といった名作を次々生み出してきたディズニーは、このまま終わってしまうのか?

 1984年、ディズニーの実写部門タッチストーン・ピクチャーズはトム・ハンクス、ダリル・ハンナ出演の映画『スプラッシュ』を公開する。これは海で溺れかけた少年を人魚が助けるという、『リトル・マーメイド』の改変のような話だった。

『スプラッシュ』がヒットしたことで、ディズニーは続編の企画を検討しているころに監督・脚本のロン・クレメンツが『リトル・マーメイド』の企画を持ちこむ。

 同じ時期に二本もマーメイド映画はいらないよ、とディズニー幹部によってこの企画は消滅するところだったが、クレメンツが書いたプロットをまとめた文章を読んだ幹部は前言を撤回し、GOサインが出る。

 クレメンツと共同監督・脚本を担当したジョン・マスカーは、暗黒時代の1986年発表作『オリビアちゃんの大冒険』で組んだコンビだ。

 この作品は児童文学の『ねずみの国のシャーロック・ホームズ』を原作にしたアニメで、主役ねずみのバジルはホームズの「足元」で探偵技術を学んだというねずみ探偵。彼が誘拐事件を解決するという内容だが、クライマックスはビッグ・ベンの時計台での大アクションが展開されるのだが、これは宮崎駿の『ルパン三世 カリオストロの城』のクライマックスに影響を受けた二人が捧げたオマージュだった。

 当時のディズニーは宮崎駿作品に衝撃を受けたと言われ、社内ではライバルに対抗しろとして、独立した元スタッフの会社やスタジオジブリの名前を挙げていた。

 日本人にすら嫉妬するようになっていたディズニーによって『リトル・マーメイド』は渾身の一本となった。それを象徴するエピソードが物語序盤に出てくる嵐の海のシーンだ。

 エリックの乗る船が突然嵐に遭遇。荒れる大波が船を破壊し、雷鳴轟く中、落雷によって船は炎上、必死の努力も空しく多くの船員が海に投げ出される。飼い犬マックスを追って海に飛び込んだエリックは、波にもまれ溺れかける。そんな中をアリエルは海中を素早く泳いでエリックを助け出す……。

 という屈指の名場面だが、なんとこのシーンの製作にディズニーは10人の専用チームをつくり、1年かけて作り上げた! 序盤の、時間にして10分ほどのシーンを!

 他にも劇中には海の中で水泡が浮き上がる箇所がいくつもあるが、この水泡を書くためだけに外注のスタジオPacific Rim Productionsを雇って手書きさせた。『リトル・マーメイド』に出てくる水泡は、同じものが二つとない手書きなのだ……。

 Pacific Rim Productionsは最近も『ザ・スーパーマリオブラザーズ』に関わっていてクオリティの高さは折り紙付きだ。

 クレメンツはディズニーアニメ第一期黄金時代の名アニメーターにして、彼の師でもあるフランク・トーマスの言葉を引用した。

「観客はアニメーション映画のうち10分間しか集中して観ることはできない。でも、その10分間に目新しいものがあれば、キャラクターに共感し、物語に入り込むことができる」

 師匠の言いつけ通り、たった10分のシーンに一年をかけ、水泡を手書きするほどこだわり、精魂込めて作られた『リトル・マーメイド』は大ヒット。ライバル会社の新作アニメの興行を軽く上回り、アカデミー賞歌曲賞、作曲賞の二冠に輝き、ディズニー・ルネサンスと呼ばれる第二期黄金時代の幕開けとなった。

 どん底からの再起。海の底から地上の世界にやってくるアリエルのようにディズニーアニメは浮上したのだ。

 クレメンツとマスカーはその後も、ディズニーで宇宙を舞台にした航海冒険もの『トレジャー・プラネット』や『モアナと伝説の海』を作っていて、海から離れられないんだなあ……。

しばりやトーマス(映画ライター)

関西を中心に活動するフリーの映画面白コメンテイター。どうでもいい時事ネタを収集する企画「地下ニュースグランプリ」主催。

Twitter:@sivariyathomas

しばりやとーます

最終更新:2023/06/02 19:00
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