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社会がみえる映画レビュー#20

差別がまかり通る村社会で輝く山田杏奈の「眼」…映画『山女』の魅力

差別がまかり通る村社会で輝く山田杏奈の「眼」…映画『山女』の魅力の画像1
C) YAMAONNA FILM COMMITTEE

 映画『山女』が6月30日より劇場公開されている。本作で紡がれるのは、柳田國男の「遠野物語」に収められた民話に着想を得たオリジナルストーリー。『リベリアの白い血』と『アイヌモシリ』で各地の民族にフォーカスを当ててきた福永壮志監督が、NHK連続テレビ小説『らんまん』の脚本を手がけた長田育恵を共同脚本に迎えて作り上げている。

 その大きな見どころは、若手俳優の中でも抜きん出た実力と唯一無二の魅力を持ち合わせる山田杏奈を主演に迎えての、おぞましくも身につまされる“村社会”がこれでもかと描かれていることだろう。さらなる特徴を解説していこう。

同調圧⼒や差別意識がはびこる村社会の浅ましさ

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C) YAMAONNA FILM COMMITTEE

 舞台は18世紀後半の東北の村。日本各地が天明の大飢饉に見舞われる中、17歳の少女・凛(山田杏奈)は村で間引きされる赤ん坊を川に捨てる役目を背負い、家族は村人から露骨な差別を受け続けていた。とある出来事をきっかけに、自ら村を去った凛は森の中で“山男”に出会うのだが……。

 あえて下世話な言い方をすれば、本作は「オラこんな村イヤだ」もののひとつ。直近ではDisney+で配信中のドラマ『ガンニバル』、Netflixで配信中の映画『ヴィレッジ』でもそうだったように、閉鎖的な村社会での、集団での同調圧力や差別意識、はたまた貧困や格差や搾取といった悪しき社会構造が、良い意味で嫌らしく描かれているのだ。

 さらに辛いのは、その差別や抑圧が次の世代にも延々と続いていくことが示唆されていること。主人公である凛の家族は、先先代が火事を起こした責任から田畑を奪われ、卑しい身分に貶められており、その後に子どもが生まれても、なおも差別され続けることがはっきりと告げられるのだから。

 凛が自ら村を去る理由も、「もうここでは生きていけない」と思ってしまうことも致し方ない、絶望的なものだった。永瀬正敏演じる父親の言動が何か何までひどいし、もちろん極端ではあるのだが、それは現代社会でも決して他人事ではない、人間社会の縮図として捉えられることも、良い意味で苦しかった。

山田杏奈が演じるのは「何かを諦めているからこそ強い」少女

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 山田杏奈は、『名も無き世界のエンドロール』『彼女が好きなものは』などで天真爛漫な女の子をとても愛らしく演じられる一方で、『小さな恋のうた』『五億円のじんせい』などでのクールまたはダウナーな役にも合う演技の幅の広さがある。今回の『山女』での役柄は言うまでもなく後者に近い。そして、山田杏奈本人が演じる少女・凛に「諦めの精神」を感じており、以下のように語っているのが興味深い。

 「最初からどん底にいるから、そもそも人間に期待をしていない。その感覚は現代の若い世代にもつながる気がします。私も“悟り世代”と呼ばれる世代で、わりとそういうところがあるんですよ。上の世代の方に、野望はないのかと聞かれたことがあるんですけど、ないんですよね。何かを諦めているからこその強さもあると思うんです」

 なるほど、若者に野心や夢がない、達観しているといったことは、上の世代から見ればもどかしさを覚えるかもしれないが、ある意味では自分が置かれた状況を俯瞰して見る精神的な強さがある、という言い方もできる。俳優としての山田杏奈本人のその考え方は、確実にこの『山女』で演じた役に投影されていたのだろう。

 その精神的な強さは、とあるシーンでの山田杏奈の“眼光”にもしっかり表れていたと思う。全体的な画は暗く、彼女の顔を中心に光が当たっている最中で、決して屈しない心を体現した表情は脳裏に刻み込まれるような感覚があった。暗がりが映えるスクリーンで観てこそ、改めて山田杏奈という俳優の表現力にも気づけるだろう。

 ちなみに、福永壮志監督によると、遠野弁の方言のセリフは俳優たちと共有し、撮影前にしっかり準備をしてもらい挑んだという。山田杏奈はもちろん、俳優それぞれの「本当にここで生活している人」に思えるほどの、方言の「板のつき方」にも注目してほしい。「おめえみてぇな男が楽にもらえる女じゃねえぞ」と“凄み”を効かせる三浦透子も素晴らしかった。

現代でも他人事ではない、子どもへの重責

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 劇中で山田杏奈演じる少女・凛に押し付けられた役割は、あまりにも理不尽なものだ。彼女には母親がおらず、その役割を一手に引き受けるような責任感も感じさせる。

 だが、本来は子どもにそのような重責を負わせるべきではない、ということは明らかだ。その当たり前のことを当たり前にさせてくれない異常な慣習と、そもそもの貧困を起因とする差別的な言動は、福祉のシステムがあるはずの現代社会でも、残念ながら決して他人事ではないと思い知らされてしまう。

 そんな凛が取った行動は「逃げる」ということ。それも、本来であれば人間が生きることも困難な山の奥へと、だ。人間の社会に迎合することができず、森の中の暮らしへと身を置こうとする流れは、アニメ映画『おおかみこどもの雨と雪』を思い出したりもしたが、もちろん普通の少女にすぎない彼女が、自然の中で穏当な生活が送れるはずもない。

 そこから“山男”に出会ってからの展開は実際に観てほしいので秘密にしておくが、なかなに刺激的かつ、安易な予想をさせないツイストの効いた展開の連続でありながら、個人的には「こうなる」ことにあらゆる意味で納得できた、ということも告げておこう。

 それもまた、何百年の前の村に限らない、閉鎖的なコミュニティの浅ましさ……というよりも、もはやバカバカしさを皮肉っている、ダークコメディ的とすら思えるのが面白かった。日本でもヒットした、同じく村を舞台にしたホラー映画『ミッドサマー』を連想する人もいるだろう。

ものすごいインパクトを残す森山未来

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 最後に、“山男”を演じる森山未来が出演時間は決して多くはないものの、ものすごいインパクトを与えてくれたことも告げておこう。白い長髪と髭のおかげもあって、アップで顔が映るまでは森山未来と気付けないくらいなのだが、その全体的な見た目だけでなく、佇まいというか振る舞いが「森で生きてきた尋常ならざる存在」にしか思えなかった、というのが凄まじかった。

 山田杏奈曰く、森山未来は撮影の休憩中に木の上で寝ていたりもしたらしく、それも含めて実際の山にいる姿は「野生動物なのかな」と思ったほどだったため、「ついて行かせてください!」となったのだとか。とんでもない俳優としての力を持つ先輩・森山未来への山田杏奈のリスペクトは、実際の本編にも表れていたと思うので、そこにも注目してほしい。

『山女』
6月30日(金) ユーロスペース、シネスイッチ銀座、7月1日(土)新宿K’s cinema他全国順次公開
出演:山田杏奈 森山未來 二ノ宮隆太郎 三浦透子 山中崇 川瀬陽太 赤堀雅秋 白川和子 品川徹 でんでん 永瀬正敏
監督:福永壮志『リべリアの白い血』『アイヌモシリ』
脚本:福永壮志 長田育恵
配給:アニモプロデュース
2022年/日本・アメリカ/98分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
C) YAMAONNA FILM COMMITTEE

ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2023/06/30 12:03
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