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イ・ランの生命を担保にする(反)社会実験-2

イ・ランが「二般(이반)」をあえて離れて、続く世界

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イ・ラン

 韓国と日本、そして音楽・文学・映画などさまざまな表現分野を横断するアーティスト、イ・ラン。彼女が「私という人間が何か挑戦をし、それがどういう結果に終わったかを記す」という目的のもと、社会実験を行う本連載──。

 第2回となる今回は果たして、どんな“実験結果”が報告されるのだろうか。

バドミントン教室での実践

イ・ラン:最近、週に1~2回バドミントンを習ってるんです。始めてからもう半年以上になるのかな。朝10時、町の体育館で開かれるバドミントン教室に行っているんですが、本当にいろんな人がいますよ。今回は、そのバドミントン教室で起こったいろいろな出来事についてお話したいんです。

──どんな出来事があったんですか。

イ・ラン:まず、もともと私はその教室に、私のパートナーと友だちのレズビアンカップルと、4人で通っていたんです。ある日、私がたまたまお休みしたとき、友だちカップルにバドミントンのコーチが「お2人は姉妹ですか?」と聞いたそうです。彼女たちは、あまりオープンにカミングアウトしないタイプなので「友だちです」と答えました。するとコーチは、体育館中に聞こえるように「ほら、友だちだって!」と大声で叫んだんですって。

──ほかの人に報告するために、大声で?

イ・ラン:そうそう。たぶん、それまで教室の生徒たちがコーチと「あの人たち、どんな関係なんだろうね?」って噂していたんだと思います。それで2人は傷ついて、教室に行くのをやめてしまいました。

 2人が教室を去ったあと、私はクィアのために開催されているスポーツ大会に出たんです。そのことをコーチに伝えたら、「“クィア”って、なんですか?」と聞かれたんです。クィアという言葉は、初耳だと。私は、バドミントンの得点を記録する黒板に「LGBT」という文字を書いて、一つひとつ説明しました。するとコーチは「知らなかった。自分がこれまでいた体育会系のコミュニティには、クィアが一人も“いなかった”から」と言ったんです。なので、私は「一人もいなかったんじゃない。みんな、あなたに『私はクィアだ』と言わなかっただけですよ」と、伝えました。

──その人は、相手が同性愛者であるという発想がなかったから、ランさんの友人カップルを図らずも傷つけてしまったところがあるのかもしれませんね。

イ・ラン:マイノリティが、自分のセクシュアリティを明かすことで差別されて、危険な目に遭うことも多い。だからこそ、安全にスポーツがしたい人たちのために、クィアのスポーツ大会が開催されていたりもするわけです。

 そのほかにも、こんな出来事がありました。私よりお姉さんの生徒の方がいて、よく話しかけてくれるのですが、ある時「いつも一緒に来ているパートナーと結婚する予定はあるの?」と聞かれたんです。そこで、いろいろな事情があって結婚は考えていないことを伝えると、「あまりそういうことは、他人に言わないほうがいいよ」と。

──そっちが聞いてきたのに?

イ・ラン:本当にそうですよ(笑)! 私のほうこそ「“結婚する予定は?”って、あまり他人に聞かないほうがいいよ」、と言いたかった。

 でね、そんなバドミントン教室で、昨年末に食事会をすることになったんです。私も誘われたんですけど、そこへ行ったらきっと「仕事は?」「結婚するの?」「子供は何人ほしい?」って話になるんじゃないかなと思って、「これは行かなきゃ」と思いました。

──あえて「行かなきゃ」と思ったんですね。それは、なぜですか。

イ・ラン:韓国のクィアコミュニティで使われているスラングで「二般(이반)」という言葉があります。これは、異性愛主義が「一般」になっている世の中に対して、クィアが自分たちのことを称するときに使われます。私は普段、「二般」の世界で暮らしているので、バドミントン教室のような「一般」の世界に行くことは、それ自体が「生命を担保にする社会実験」になるんじゃないかと思ったんです。

──まさに、この連載の趣旨を実践されることになりますね。結果は?

イ・ラン:食事会の最中は幸いにも、私が質問されることはありませんでした。生徒たちがこれまで気になっていたことをコーチに聞きまくっていて、「彼女いますか?」「彼女は、どんな人なんですか?」「結婚するんですか?」「給料はいくらですか?」「どんな車に乗ってますか?」と、次々に質問していました。驚いたのは、そんな個人的な質問をされまくっているのに、コーチは傷つく様子もなくむしろ楽しそうに答えていたことなんです。その光景は「二般」で見たことがなかったから、衝撃を受けました。

──なるほど。「結婚する予定は?」と聞いてきたお姉さんも、自分がその質問をされて傷つかないから、相手も傷つかないと思ったのかもしれない。

イ・ラン:そうなのかも。それでね、そのお姉さんがきっかけで、練習中にある事件が起きたんです。

 その時は、お姉さんがコーチを相手に打ち合いをしていて、それをほかの参加者がコートの外から見ていたんです。コーチはラリー中によくギャグを言う人なんですけど、その時もお姉さんのシャトルを打ち返しながら面白いことを言って、みんなが笑っていました。

 途中、コーチが場を盛り上げるために「手首にもっと力を入れてください! あなたには手首がないんですか!」とジョークを言った時です。お姉さんが「手首、ないです!」と答えたことに、周りの人が笑い声を上げた瞬間、すごく怒った様子のお姉さんが「何が面白いんですか!」と大声を出したんですよ。普段はおとなしい人だし、自分もコートの外にいる時はコーチのジョークで笑ったりしていたから、みんな、なんでそんなに怒っているのかわからなくて、シーンとなってしまって。お姉さんは「もう辞めます!」と荷物をまとめて、出ていってしまいました。

──そのやり取りで傷つくところがあったのかも。

イ・ラン:怒った理由って、お姉さんの人生に絶対何かしら関係があったと思うんですよ。私、昨日からずっとそのお姉さんの人生についてめちゃくちゃ考えてしまって。明日、その事件があってから初めての授業があるんですけど、本当にあのお姉さんに来てほしい。来なかったら、もう彼女と会話をすることができなくなってしまうので、困ります。

「サイダー(사이다)」より強いもの

──ランさんはなぜ、お姉さんの人生まで考えてしまうんでしょうね。少なからず、一度は失礼な質問を投げかけてきた相手を、どうしてそこまで考えるのか。

 さらに遡れば、友人カップルが失礼なことをされて教室を去ってしまった時点で、ランさんも一緒に辞めてしまっても不思議ではなかったように思います。そういう出来事があったにもかかわらず、ランさんがその教室に通い続けている理由が気になります。純粋にバドミントンを習いたいからなのか、それとも「一般」の世界を見ることが目的なのか。

イ・ラン:そうそう。本当に、私自身もそれがよくわかならくて。

 市民体育館って、不特定多数が集まる空間なんですよね。知らない人同士だけど毎週顔を合わせて楽しくバドミントンをやるために、友だちになるまでは行かなくても良好な関係性はギリギリ保っていたい。そういう場所だと思うんです。

 ちょっと話がズレるんですけど、私の家の近所に小さい自転車屋さんがあるんですよ。よく私も、自転車のメンテナンスをやってもらっているんですね。そこでいつもお世話になっている自転車屋のおじさんが、2月にトルコへ旅行に行くと言ってお店をお休みしたんですけど、その直後にトルコで大地震が起きて。そのおじさん、今も帰って来ないんですよ。生きているのか、帰って来るのか、それとも亡くなったのか、私は地震があった日から今までずっと、町で聞いて回っているんです。

 なんていうか、それが社会だと私は思うんです。だから、たまにしか顔を合わせない自転車屋さんのおじさんのことも、お姉さんの人生についても考えるし、コーチにクィアのことを説明するし、バドミントン教室に通い続けているんだと思うんです。そういう、すぐには理解したり、理解されたりできない人も含めて、不特定多数の人と会話をし続けられるような社会で生きていきたいんです。

──マイノリティが差別されて危険な目に遭うことも多い現状があるからこそ、「一般」「二般」で世界を分けなければならないところがある。そこを踏まえると同時に、そのように割り切った世界ではなく、不特定多数によって形成される社会に生きているのだ、という意識も強く持ちたいということでしょうか。

イ・ラン:そうですね。昔、韓国のヘル(地獄)なところを紹介する『ヘル朝鮮ガイドブック』を作ろうとしていたんですけれど、やめたんですよ。仲間同士で「この社会は地獄だ~」って共感して、盛り上がっていたのは楽しかったけど、それだけだと何も変わらないと思ったんです。

 韓国の表現で「サイダー(사이다)」っていうのがあって。飲み心地が爽やかなサイダーのような感じで、極端にはっきりと物事を捉えたり、そのことをうまく表現してスカッとできるようなことを「サイダー」というんですね。「サイダー発言」とか「サイダー表現」と言ったりするんですけど。いま考えると、「この社会はヘル(地獄)だ」と言うのも、ある意味「サイダー」だったのかも。

──バドミントンのお姉さんも、自転車屋のおじさんも、そしてランさんも、そのヘル(地獄)に住んでいるわけですもんね。

イ・ラン:はい。時に自分の考え方も疑いながら、いま一緒にこの社会に生きている人と会話がしたい気持ちです。いろんな人の存在を無視せずに、自分も人から無視されない方法がないか、いまは探している途中なんです。

 いまの私が一番“強い”と思うのが、「サイダー」じゃなくて変幻自在な「スライム」のイメージなんですよね。形を変え続けることが前提の生き方というか。「ヘル朝鮮」と言っていた私もいたけど、そのあと自分の考え方を疑って、見つめ直して、変わっていった。自分が常に「スライム」な状態であることを隠さずに生きたいと思うし、ほかの人にもそうあってほしいと願う。

 話を戻すと、例えば「結婚する予定は?」と聞いてきたお姉さんが、結婚する予定のないパートナーと毎週バドミントンする私に会って話したことで、そういう生き方もあるというデータが脳みそに入ります。そういう経験によって、ほかの人に「結婚する予定は?」と聞かなくなるかもしれない。そうやってお姉さんも、私も、変わり続ければいいんじゃないかなと。

──今回のお話、すごく複雑に込み入っていて難しいけど、だからこそ伝わるものがあるなと感じました。

イ・ラン:「スライム」みたいな内容だから、記事にするのも大変そうですね(笑)。でも、複雑なままじゃないと伝わらないこともあるから。特にウェブニュースでは「サイダー記事」が世の中に求められがちだけど、このインタビュー連載は「スライム」な感じにしてくれるとうれしいです。

編集者、ライター。1990年生まれ。webメディア等で執筆。映画、ポップカルチャーを文化人類学的観点から考察する。

すがわらしき

最終更新:2023/08/07 12:00
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