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日本のライブチケット価格は安すぎる?音楽業界を悩ませる深刻な問題と制作事情

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「Getty Images」より

 コロナ禍が終息ムードとなったことで、音楽ライブが活況となっている。本格的にエンタメが復活してきた雰囲気があるが、実は音楽業界内では「日本はライブチケットの相場が安すぎて十分な利益が出ない」と悲鳴が上がっている。「海外のようにチケット代をもっと上げるべきではないか」との議論も発生し、音楽業界の今後を左右する問題に直面しているのだ。

 コンサートプロモーターズ協会によるライブ市場調査によると、2022年度のライブ総動員数は約4832万人で前年同期比211.5%、コロナ禍前の2019年との比較でも97.5%まで回復。総売上高も約3984億円で前年同期比260.3%、2019年同期比108.7%となった。

 しかし、活気を取り戻したことでアーティストやプロダクションが潤っているのかというとそうでもない。最大の理由としては、世界的に物価高騰の波が広がっている中で、日本のライブチケット相場が海外と比べてあまり上がっていないことが挙げられる。

 現在、アリーナクラス会場でのチケット相場は、国内アーティストなら8000円~1万円前後、ジャニーズなら8000円~9000円台あたりが一般的。だが、K-POPグループの日本公演は1万円~1万5000円ほどで日本のアーティストより高めの値段設定となっており、特典付きのVIP席などは3万円前後といったケースも珍しくない。

 欧米の人気アーティストはさらに相場が高く、来年1月に開催されるブルーノ・マーズの東京ドーム公演はステージ前の「VIP SS席」が12万8000円で、スタンド席は1万5000円前後、最も安いB席でも9800円だ。

 値上げ幅も大きく、ビリー・アイリッシュの2020年の横浜アリーナ公演(コロナ禍で中止)はアリーナSSが1万5000円、アリーナSが1万2000円、スタンドSが10500円、スタンドAが9500円だったが、2022年の有明アリーナ公演はSSが2万5000円、Sが19000円、Aが1万5000円で約1.6倍の値上がりとなった。会場キャパの違いなどを踏まえても、全体的に欧米アーティストのチケット相場上昇は顕著になっている。これは本国でのチケット値上げ幅を反映したもので、世界的に相場は上昇傾向にあるのだ。

 日本だけが物価上昇にチケット代の値上げが追いついていない状況について、SKY-HIこと日高光啓が6月にラジオ番組で「物価が年々上がって、ライブで使ってる機材などもどんどん高くなってるのに、チケット代は今は上がり止まりのタイミングに来ている」「採算が取れなくて、もうチケット代1万円とかでライブをつくるのは詰んでる」とこぼすなど、アーティストからも日本のチケット価格の安さに苦言が出ている。

 さらに、ライブ関係者からは切実な声が上がっており、このままでは日本のエンタメの衰退につながるとまで危惧されているようだ。なぜ日本はチケット代を上げることができないのか、どれくらい価格を上げる必要に迫られているのか、ライブ制作担当者に本音を聞いた。

 「ここ30年ほどの話でいうと、ライブはCDを売るためのプロモーションという要素が非常に強かったんです。チケットを手頃な価格にして、より多くの人にライブを見ていただき、ライブがよければCDやグッズを買ってもらえるし、ライブチケットを優先的に買いたいという需要でファンクラブにも入ってくれる。ライブで利益を出さなくてもアーティストや事務所は潤っていましたから、チケットを大きく値上げする必要がなく、価格に比べてサービス過剰ともいえるクオリティのステージを提供できました。しかし、今はCDが売れなくなって音楽はサブスクなどの配信が主流になり、アーティストは印税だけでは十分な利益を得られなくなった。それは事務所も同じですから、ライブ自体を収益化していかないと業界的にやっていけないところまできています」

 最近はあらゆるものが値上がりしているが、それはライブ業界にも深刻な影響を与えている。

 「ライブにかかわるすべての経費が値上がりしています。たとえば、ドームツアーならスタッフが400~500人ということも珍しくありませんが、最近はホテル代が高騰しているので宿泊費だけで大きな負担になります。会場の利用料も上昇傾向にありますし、電気代なども上がっている。細かいところでいえば、機材などを運ぶトラックのガソリン代や移動のタクシー代、ケータリングやお弁当の価格も上がっています。それなのにチケット代だけがほとんど上がらないため、ライブ事業がどんどん苦しくなっているんです」

 米調査会社「STR」が日本のホテルの客室単価を調査したところ、東京都内では今年1月から3月までの平均客室単価は2万1587円で、コロナ禍前の2019年と比べて3175円高く、1.17倍となっている。全国でも同期比で1.15倍の値上げ率となっており、外出ムードの高まりや訪日観光客の増加によって、週末の観光地のホテル相場は2倍以上になることもあるなど、異常なレベルまで跳ね上がっている。

 物価だけでなく、人件費の高騰もライブ運営を圧迫している。

 「切実な問題として、会場設営のアルバイトやツアースタッフを募集しても人が集まらなくなっています。会場設営のバイトで重い荷物を持って時給1500円くらいだったら、東京ならもっと楽な仕事があるでしょうから、人を集めるためには時給を上げるしかない。また、労基(労働基準監督署)の基準が厳しくなったことも業界構造に大きく影響しています。一昔前は、ステージをつくるために大道具さんが徹夜したりといったこともありましたが、今はそういうことはできず、以前は1日でやっていた作業を2日に分けてやったりしています。当然、労基の基準には従うべきなのですが、その分だけ人件費はかさみ、準備期間が延びれば会場使用料も余計にかかる。ライブ事業をやっている側からすれば、がんばってくれるスタッフにできるだけ還元したいという気持ちはありますが、そのためには彼らの賃金の元となるチケット代を上げるしかないというわけです」

 実際、どの程度までチケット代を上げる必要があるのか。

 「経費の値上がりなどを考えると、アリーナクラスの一般的な席で少なくとも1万5000円、できれば2万円くらいまで引き上げないと厳しい。アーティストやスタッフの収入面だけでなく、ライブにお金をかけられなくなると、日本のエンタメのクオリティが下がっていくでしょう。ライブツアーの準備には半年以上かかりますが、それに見合う報酬がなければモチベーションも下がる。これは個人的な感覚ですが、すでに日本のアーティストは世界と比べて全体的にレベルが下がってきているように思えます。アーティストが稼げなくなったら、音楽業界を目指す人も減っていくでしょうし、優秀なアーティストやスタッフは日本に見切りをつけ、海外に流出してしまうかもしれません。このまま変わらずにいたら、あと10年もすれば日本のエンタメ業界は世界と比べて衰退が顕著になるでしょう」

 業界内で値上げは必須という認識がありながら、チケット代をあまり上げられずにいる要因は何なのだろうか。

 「アーティストも制作側も、チケットの値上げをしたいというのが、多くの人の本音でしょう。しかし、もし2万円、3万円と上げていったら、お客さんが買ってくれないのではないか、不満が出るのではないか、学生などのお金のない人を切り捨てることになるのではないかという意識があり、どこも踏み切れずにいます。チケット代の値上げをしたアーティストに対して、一部のファンから『お金のない人はライブに来るなってことなんですか?』といった批判の声が集まってしまう現状があり、そうした反応への危惧もネックになっていると考えられます」

 また、チケットを値上げするのであれば、アーティストがそれに見合った実力を身につけることも必要だという。

 「台所事情が厳しいからチケット代を上げます、というだけではダメだとは思います。現在、かぶせ音源(別録りした音源を生歌にかぶせることで歌の安定感とライブ感を両立する手法)などのデータを使わず、ライブで純粋に生歌だけで勝負しているアーティストがどれだけいるか。アイドルならそれでも構わないと思うのですが、アーティストを名乗っているのにデータ音源を使っている人もたくさんいます。仮にチケット代を2万円前後まで上げたとして、データ音源を使っているアーティストのライブがそれに見合っているのか、値段に釣り合うだけの感動をオーディエンスに与えることができるのか、というのは大きな問題です。

 そういう点では、1980~90年代から現在まで第一線で活躍しているB’zやDREAMS COME TRUE、Mr.Childrenといったベテラン勢や、最近だとONE OK ROCKやWANIMAなどは、純粋な生歌で勝負しているのでさすがだと思います。しかし、ベテラン勢はあと10年、20年したら体力的にライブをあまりやらなくなるかもしれません。そうなった時、日本のエンタメが韓国や欧米と張り合えるかどうか。現在の状況を踏まえると、エンタメの質が上昇していくとは思えません。チケット代をしっかり上げて、それに見合う実力を持ったアーティストしか勝てない業界にした方が健全なのではないかと思います」

 ライブはアーティストとファンが触れ合える貴重な場であると同時に、音源やグッズの販売、ファンクラブ、配信など、すべての事業の中核に位置する。それだけに、チケット代を上げられずにライブ事業がうまく回らなくなれば、音楽業界そのものの衰退につながりかねないようだ。いずれにしても、日本のライブビジネスが大きな転換期へ向かっていくのは間違いないだろう。

SNSや動画サイト、芸能、時事問題、事件など幅広いジャンルを手がけるフリーライター。雑誌へのレギュラー執筆から始まり、活動歴は15年以上にわたる。

さとうゆうま

最終更新:2023/08/22 18:52
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