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連載「クリティカル・クリティーク」VOL.17

Awich参加「Bad Bitch 美学Remix」フィメールの結束で拓ける次代のムーヴメント

フィメールたちの結束で拓ける次代のムーヴメントの画像1
『United Queens』/Awich

 今年8月、ヒップホップが生誕50年を迎える中リリースされたEP『United Queens』は、Awichが先導し女性ラッパーたちと手を組むことで大きな注目を集めた一作となった。ここで選択されている“女性同士の連帯”という手段は、2000年代にANTY the 紅乃壱、NOCTURN、蝶々ら東海エリアのラッパーが手を繋いだAMAZONESや、コロナ禍にSNSを通じてなかばゲリラ的に生まれたzoomgalsなど、国内ヒップホップにおいて幾度か見られてきた結束の形だと言える。

 けれども、今回はAwichがNENEと組み、MaRI、MFS、CYBER RUI、LANAらをフックアップしたという点においてフィメールラップ史でも稀有な出来事であり、かつ戦略的な試みだろう。「Bad Bitch 美学」自体は、Awichが2020年にNENEと共に制作した「Poison」(『孔雀』収録)がおそらく下敷きになっている。

「良いお薬、毒ほどは効かぬ/良い女 Bad boyzを嗜む/イタイHoes big noise でいきがる/Get money Bad bitches の美学」というラインでは“金を稼ぎBad boyzを嗜むのが良い女=Bad bitchsである”という旨が歌われ、ある種のセルフボースティングとして“Bad bitch”が使われている。

 Awichはその後「GILA GILA」でも「Bad BitchのPedigree/You’re not a friend to me/対等に話したいなら/登ってこいこのPyramid」と宣言し、“Bad Bitch”が選ばれし血統であるからこそ自身をピラミッド=ヒップホップゲームの頂点と称し、他を突き放すような態度を見せていた。ゆえに、「Bad Bitch美学」というタイトルで自らが若手ラッパーに歩み寄っていったというのは、かなり意識的な行為なのだろう。

〈沖縄〉と〈女性〉という自身のアイデンティティと強固に結びつく政治的側面――と同時にヒップホップにおいても家父長制と人種主義支配というマイノリティを規定してきた2つの側面――において積極的に連帯を叫ぶAwichの態度は、極めて本質的なレベルでヒップホップである。

「Awich / NENE / LANA / MaRI – Bad B*tch 美学Live at POP YOURS 2023)」

 そして、“歩み寄っていった”からこそ、『United Queens』でのAwichはいつにも増して献身的だ。Chaki Zuluと共に共演する若手ラッパーの色を引き立たせ、自らのスタイルを相手へと寄せることでフックアップに徹している。セクシュアルなリリックがエスカレートしている「Pussy」はMaRlの挑発に乗ったようなAwichが見られるし、難易度の高いノリをキープしながらもジャージードリルへとリズムを変化させテンポよく疾走する「ALI BABA」はMFSの強みにフォーカスしたような曲に映る。

「Shut Down」では「RUIはどこにいてもやっぱSuperstar」と言及しCyber Ruiをリスペクトする。

 だからこそ、Awichがいつも以上にどこか筆を滑らせているような印象もあり、その結果「Pussy」や「Skit – Pussy Preach」で語られる内容は、「Bad Bitch同士の連帯によって有害なマチズモや権力構造に対し声をあげるという構図を超え、特定の弱い立場に置かれた男性をこき下ろすような憎悪表現になっているのではないか」という批判もあがった。

 より端的に言うと、マイノリティとして社会に声をあげるための女性ラッパー同士の連帯が差別の再生産をしているのではないだろうか、というわけである。『ブラック・ノイズ』の著者トリーシャ・ローズはかつて女性ラッパーと男性ラッパーの関係を「ダイアロジズム=対話」によって捉え直すべきであると提案したが、確かに、ここに対話的な解釈を招き入れる余地はあまりないかもしれない。

「POP YOURS Presents Divas Cypher 【Bad B*tch 美学】Awich / NENE / LANA / MaRIProd. Chaki Zulu)」

 他方で、背景に広がるさまざまなコンテクストをもとにもう少し多面的に本作を捉えてみることもできる。過去作を聴いてもわかる通り、Awichの思想/価値観自体は以前から大きく変わっていない。これまでもヘイターに対するディスを示してきたし、そもそもそれはヒップホップに見られるある種の類型化されたひとつのスタイルであるとも言える。

 例えば、シェリル・L・キーズは『Empowering Self, Making Choices, Creating Spaces. Black Female Identity』において女性ラッパーの作品を分析することでそれらを〈1.クイーン・マザー〉〈2.フライ・ガール〉〈3.シスタ・ウィズ・アティチュード〉〈4.レズビアン〉という4つの型に分類してみせたが、その中でAwichは特に「シスター・ウィズ・アティチュード」、つまり「攻撃的な態度で鼓舞し合いエンパワーメントを実現する女性」を主軸にしていると言える。このタイプにあてはまるラッパーはアメリカにおいても多数活躍しており、近年では「WAP」「Bongos」に象徴的な通りカーディ・Bやメーガン・ザ・スタリオンが筆頭として挙げられるだろう。

 そもそもヒップホップは、ルーツを掘り起こし自らをレペゼンしていく過程で他者を置き対比させることによって自身の主張を補強していくという、いわばコミュニケーションゲームのような性格を持っている。

 その側面を取り出し別の競技として成立させたのがMCバトルであるが、通常のラップゲームにおいても、半ばプロレス的な共犯関係のもとで相手を批判する/自分が批判を受けるというやりとりを成立させている部分もあり、「シスター・ウィズ・アティチュード」の女性ラッパーたちは、むしろその構造を逆手にとりながらしたたかに反撃を繰り返しているとも言えよう。

 そういった状況下で、彼女たちは、客体化され抑圧されてきた中でも自分の性に主体的でありたいと願う葛藤=ストラグルな姿勢を作品に表出させる。

右に倣えではなく、主義主張を打ち出す時代へ

 着眼すべきは、そういったストラグルな姿勢が、EP『United Queens』においては、「動くこと/移動すること」という運動に昇華されていることである。本作で、フィメールラッパーたちは自らを駆動させ、時に乗り物に乗って動き、移動し続けている。

 その動的な態度は、「Bad Bitch 美学」の冒頭でAwichが「This is the bad bitchの美学/乗り込むベンツの屋根が開く」と口火を切ったのちに、「Pussy」では「遊ぶならしてよ覚悟/泳がせてチャリを漕いで/走らせるトライアスロン」と続ける通りだ。「ALI BABA」では加速するビートの上でMFSと共に「奪い取るBags like Ali Babaのごとく」「足早Running街中」「Rap bitchesクノイチ」とラップし、MVではオートバイに乗った2人が疾走する。

 CYBER RUIとの「Shut Down」では渋谷の街並みを背景に「いいも悪いもあの雲の彼方めがけ飛ばすLet go」「向かい風が強い日でもKeep it up」と疾きこと風のごとしスピード感を描き、終いにはYURIYAN RETRIEVER(ゆりやんレトリィバァ)も「一括で買ったベンツで帰宅」と声高に応答する。

 そうなると、本来はプリンセスを想定して書かれているであろう「イケメンタル」の「移動Only door to door」というラインすらも、ただの“大事にされたいお姫様”という意味だけではなく、“それを実現する資本力”、さらにはそのカネを“時間を惜しむようにあくせく働き動きまわる自らが稼いでいる”といったいくつものメッセージが浮き上がってくる。

 「Awich – ALI BABA feat. MFSProd. Chaki Zulu)」

 ここで執拗に描かれている「動くこと/移動すること」というモチーフは、実はこれまでも自作において彼女たちが表現してきた要素だった。

 NENEはアートワークに車を描写したソロ作『NENE』で、乗り物を駆動させ道路を進みながら金を稼ぐ自身を表現してきたし、MFSも「When I was young」のMVで車に乗りながら「免許持ってないけどもうGo」「舵はlike a wavyなビート」と歌ってきた。CYBER RUIはあからさまに乗り物を駆使しスピードを発してきたラッパーであり、「DESIRE」のMVでランボルギーニを走らせながら「私速い」「走り疲れても止まれない」と歌いデビューしたことはいまだ記憶に新しい。

 それら「動くこと/移動すること」が、『United Queens』では、Awichが加わることによってより一層の明確な“美学”へと導かれている。

 つまりは、「自立」である。「Bad Bitch 美学Remix」のMVでは戦隊モノのコスチュームが披露されていたが、彼女たちは“車”や“オートバイ”といった男性的とされてきたようなアイテムを身につけることでジェンダーに対する規範的なイメージを錯乱しながら、忙しなく移動し動く=稼ぐ女であるという自立性をも表現している。

 Bad Bitchたちは、ジェンダー規範に対する異議申し立てを「動くこと/移動すること」に憑りつかれながら発信することによって、新たな角度から「自立した女性」の価値観を打ち立てているのだ。

「Awich, NENE, LANA, MaRI, AI & YURIYAN RETRIEVER – Bad B*tch 美学 RemixProd. Chaki Zulu)」

 とはいえ、そういった読解以上に、私が本作でもっとも素晴らしいと思うのは、それぞれのラッパーの発言が一方向に傾かず多種多様なものになっている点である。

 基本的には「シスター・ウィズ・アティチュード」の姿勢をとってはいるものの、AIは「調子に乗らない/自分で自分の荷物は持つ/気分であなたの荷物も持つ/人は助け合ってこそ長く持つ」と共助の精神を述べ、「Poison」で「良いお薬/毒ほどは効かぬ」と言っていたNENEは「お薬手帳に書いたリリックが聖書」というラインで弱さと強さが入り混じった複雑な心境を露呈させる。

 MVにおいてそれぞれの個性や主義主張がカラフルな色彩によって表現されている通り、このばらばらな声の集合体がいびつながら“Bad Bitch 美学”として成り立っていることこそが見事なのだ。

 だからこそ、断言したい。皆がAwichになる必要はないし、Awichに賛同する必要もないと。これだけ女性のラッパーが増えその主義主張も多様化する中で、彼女の価値観に異を唱える者も出てきて良いはずだ。

「POP YOURS」に出演している演者がすべてではない。この国にはすでに多種多様な女性ラッパーが大勢存在し、日々ストラグルする様子を、鋭いラップで作品にしている。おそらくどこかで次のカウンターなる“美学”は息を潜めつつもすでに狼狽をあげようとしているし、私たちはその声に耳を傾けていく必要があるだろう。

つやちゃん(文筆家/ライター)

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。初の著書『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)が1月28日に発売されたばかり。

Twitter:@shadow0918

つやちゃん

最終更新:2023/09/29 12:00
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