日刊サイゾー トップ > エンタメ > ドラマ  > 『らんまん』後は男性主人公の朝ドラ増加?

『らんまん』をモデルに男性主人公の朝ドラが増加?見事な構成で達成した偉業

『らんまん』をモデルに男性主人公の朝ドラが増加?見事な構成で達成した偉業の画像1
ドラマ公式サイト」より

 連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『らんまん』(NHK)が今週で最終回を迎える。本作は「日本植物学の父」と呼ばれた植物学者・牧野富太郎をモデルとした男・槙野万太郎(神木隆之介)の人生を描いた朝ドラだ。

 物語は幕末の土佐から始まる。造り酒屋・峰屋の一人息子に生まれた万太郎は、病弱だが植物が何よりも好きな少年だった。小学校を退学になった後も、植物の研究を独学で続けていた万太郎は姉の綾(佐久間由衣)に跡取りの座を渡し上京。東京大学の植物学教室へ出入りするようになり、やがて日本中のすべての植物を掲載した植物図鑑を作りたいと決意する。

 近年の朝ドラでは地味な印象だった『らんまん』だが、朝ドラにふさわしい神木隆之介の明るさと長田育恵の脚本の巧みさが話題となり、じわじわと盛り上がりを見せていった。

 長田の脚本は、史実を踏まえた上で、槙野富太郎の破天荒なエピソードを、朝ドラらしい優しい物語に改変していった。何より彼女が描こうとしていたのが、政治権力に翻弄される万太郎の姿だ。国家権力や学閥の人間関係に翻弄される研究者の苦悩という難しいテーマに『らんまん』は挑んでおり、終盤に入ると、神社合祀令や関東大震災に直面する万太郎の姿を通して、明治以降、急速に近代化していった日本の政治状況を炙り出していく。

 万太郎は植物学の知識と精密画を描く才能、そして“天性の人たらし”と言っても過言ではない抜群の愛嬌によって、周囲の人々から愛され、植物学者として成長していく。

 主人公の人間的魅力だけですべてが丸く収まっていく前半の展開は、ご都合主義的すぎやしないかと感じる瞬間も何度かあったが、神木隆之介の人懐っこい芝居は、人間的魅力によって全てをねじ伏せていく万太郎の姿に、強い説得力を与えていた。

 しかし、万太郎はムジナモ発見の論文に植物学教室の教授の田邊彰久(要潤)の名を記載しなかったことが原因で、田邊の怒りを買い、植物学教室への出入りを禁止されてしまう。

 同じ時期に娘の園子を亡くし、実家の峰屋は腐造を出してしまったことで廃業になってしまう。田邊の信頼を失ったことで、学問の世界から追放されてしまった万太郎は、独学で地道に研究を続けることになるのだが、同時に描かれるのが大学内での政治的なしがらみに翻弄される田邊教授の姿だ。日本の植物学の発展のために権力争いの渦中に突き進んでいく田邊は万太郎とは真逆の人物で、だからこそ万太郎が天才であることを見抜いていた。

 第17~第21週で描かれた万太郎と田邊のエピソードは『らんまん』屈指の仕上がりとなっていた。これまで描いてきた万太郎の明るさに田邊の闇をぶつけたことで、本作の振り幅は一気に広がったといえよう。

 そして物語終盤になると、年を重ねて植物学者としての地位を獲得したことと引き換えに、万太郎が持っていた若さゆえの万能感がじわじわと失われていく様子が描かれた。一人の俳優が若い頃から晩年まで演じる機会の多い朝ドラの場合、若手俳優が演じると、晩年の老いた姿に無理が出ることが多いのだが、老いて気弱になっていく万太郎の変化を、神木は巧みに演じている。おそらく序盤の天真爛漫さは、晩年の変化を見越して過剰に演じていたのだろう。この晩年の変化も含めて、見事な構成である。

 困っている人がいれば手を差し伸べ、夢に向かってまっすぐ突き進んでいく朝ドラヒロインの優等生的振る舞いは、批判の対象となることが多かった。そのため『カーネーション』や『半分、青い。』といった2010年代の朝ドラは、優等生的なヒロイン像とは違うヒロインを生み出すことで、新しい女性像を打ち出してきた。

 対して、今回の『らんまん』が面白いのは、朝ドラヒロインの優等生的な振る舞いを男性主人公の万太郎がおこなっていることだ。逆に、従来なら朝ドラヒロインにあたる万太郎の妻・寿恵子(浜辺美波)は、万太郎の夢を支える良妻賢母だが、同時に商売の才能を持った社交性のある大人の女性として描かれている。また、彼女は「南総里見八犬伝」を愛読し、作者の滝沢馬琴を尊敬するオタクとしても描かれており、このオタク性が時々滲み出ることが、寿恵子の魅力となっていた。

 1961年からスタートした朝ドラのほとんどは、女性が主人公のドラマだったが、男性主人公の朝ドラに挑戦する試みは何度も試されている。近年では2020年上半期に窪田正孝が主演を務めた『エール』が記憶に新しいが、どの作品も成功モデルを生み出せたとは言えず、男性主人公の朝ドラは、なかなか定着しなかった。しかし、男性主人公の造形を朝ドラヒロインの典型に当てはめることで『らんまん』は男性主人公の朝ドラを成立させた。

 もちろんこの偉業は、神木隆之介の存在に負うところが大きいが、そのことを差し引いても、朝ドラにとっては偉大な達成である。今後『らんまん』をモデルにして、男性主人公の朝ドラが定期的に作られるようになっていくのではないかと思う。

成馬零一(ライター/ドラマ評論家)

1976年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。ライター、ドラマ評論家。主な著作に『キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)などがある。

サイト:記事一覧

Twitter:@nariyamada

なりまれいいち

最終更新:2023/09/27 12:00
ページ上部へ戻る

配給映画

トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • twitter
  • feed
特集

【4月開始の春ドラマ】放送日、視聴率・裏事情・忖度なしレビュー!

月9、日曜劇場、木曜劇場…スタート日一覧、最新情報公開中!
写真
インタビュー

『マツコの知らない世界』出演裏話

1月23日放送の『マツコの知らない世界』(T...…
写真
人気連載

『光る君へ』疫病の流行と宮中での火事

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NH...…
写真
イチオシ記事

バナナマン・設楽が語った「売れ方」の話

 ウエストランド・井口浩之ととろサーモン・久保田かずのぶというお笑い界きっての毒舌芸人2人によるトーク番組『耳の穴かっぽじって聞け!』(テレビ朝日...…
写真