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『逆転のトライアングル』松本人志が撮るかもしれなかった「有害な男らしさ」

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Fredrik Wenzel © Plattform Produktion

あ、これ「トカゲのおっさん」だ

 カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞、ゴールデングローブ賞作品賞・女優賞受賞、アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞ノミネート(2023年2月時点)。スウェーデンの監督リューベン・オストルンドの最新作『逆転のトライアングル』に対する輝かしい評価である。そんな同作を観て思った。ダウンタウンの松本人志が、映画初監督作『大日本人』(07)以降、ある方向性で作風を深化させていたら、いずれこういう映画を撮るという世界線もあったのかもしれない、と。

 あまりに突飛、あまりに藪から棒だと思われるかもしれないが、実はオストルンド監督の前作『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(17)を観た時に、既に感じていた。あ、これ「トカゲのおっさん」だ、と。

「トカゲのおっさん」とは、知っている方には今さら説明するまでもないが、ダウンタウンの冠番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系、1991~97年)内で放送されていた連作コントである。

 これまた知っている方には説明するまでもないが、『ごっつええ感じ』は、現在一線級で活躍するお笑い芸人の中で影響を受けていない者はいないのではないかというくらい、革命的なバラエティ番組だった。中でも、特に語り草になっているのがコントである。

 『ごっつええ感じ』のコントには、それまでの日本のお笑いにはあまり見られなかったシュールさや不条理、巧みな比喩に隠された批評性や毒気のある風刺があった。時に文学的ですらある野心的・実験的コントも多数作られ、日本におけるコントの地位を飛躍的に高めたばかりか、笑いの「範囲」までも拡大したと言っていい。困惑や気まずさや混沌とした状況までも、笑いに昇華できることを証明したのだ。

 ひとつひとつのコントは無論、演者と作家と演出家の共同作品だが、それら全体に松本人志の圧倒的な天才性が作用していたのは、言うまでもない。映画に引き寄せて形容するなら、『ごっつええ感じ』のコントは紛れもなく、お笑い界のヌーヴェルヴァーグだった。

 そのコントの中でひときわ伝説化しているのが、「トカゲのおっさん」シリーズである。

有害な男らしさ

 「トカゲのおっさん」は番組終盤期に全部で10数本作られた連作コントだが、ここで挙げたいのは1996年7月に放送された1本目。CMを挟んで、なんと約37分もの尺がある。松本扮する半身半獣の“トカゲのおっさん“(人語を解する野外生活者)が、「男」として母子家庭(母親:板尾創路、息子:浜田雅功)の母親と結ばれたいと願い、「夫+父親」のポジションをどうにかして獲得しようと必死になる様子を、1シチュエーション、超長回し(途中で撮影を止めない)で描かれた。

 同コントは、よく「中年の悲哀が描かれている」と評されるが、もう少し詳しく説明するなら、「社会的に男らしくありたいし、そう振る舞おうとするものの、自らの器や度量が足りていないために、惨めさと滑稽さが露呈してしまう男性の話」である。

 「トカゲのおっさん」がすごいのは、滑稽な状況が連続するわかりやすい大衆向けコントとしても十分に成立していながら、凄まじい精度で「社会的に規定された男らしさに苦しめられる男性」を描写している点にある(ただし2本目以降、その批評性は徐々に萎み、ドラマ仕立ての普通のシチュエーションコントに近づいていった)。

 松本演じる“トカゲのおっさん“は「自分はそれなりの人物である」というプライドが強い自我を形成している。しかし弱い者(浜田演じる目下の少年)には威張るが、強い者(蔵野孝洋〈ほんこん〉演じる母親の交際相手)には強く出られない。肝心なところで責任を取れない、取りたくない。他責志向。でもメンツや体裁だけは「男として」保ちたい――。

 このギャップが笑いに昇華されれば喜劇となるが、本人の苦痛や周囲の迷惑が閾値を超えれば、当世風で言うところの「有害な男らしさ」となる。そのギリギリのラインを37分間攻め続けた奇跡のようなコントが、「トカゲのおっさん」だった。

 そのような男性性に関する問題を、さまざまな物語舞台上で批評的に設定し、かつ劇映画としての緊張感と完成度を圧倒的なまでに高めて描くのが、リューベン・オストルンドの一連の作品である。

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