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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.37

チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』

housemen.jpgレクター博士ばりの冷血殺人鬼に扮したチャン・ツィイー。
白人刑事にひざまずくなどのシーンが、「屈辱的」と
中国ではネット上でバッシングが起きている。
(c) 2008 Horsemen Productions, LLC All Rights Reserved.

 映画デビュー作『初恋のきた道』(99)でキノコ餃子をいそいそと作る田舎娘を演じたチャン・ツィイー。世界中の男性が、華奢で三つ編みヘアの似合うチャン・ツィイーの手作り餃子を「死ぬまでに一度は食べてみたい」と熱望したことだろう。清純派で売り出した彼女も今年で映画デビュー10周年、30歳を迎えた。『ラッシュアワー2』(01)でクールな女殺し屋、『女帝〈エンペラー〉』(07)では復讐に燃える王妃、とこれまでにも様々な悪女役に挑戦しているチャン・ツィイーだが、マイケル・ベイ製作のサスペンス映画『ホースメン』での悪女役は今までになく強烈。『羊たちの沈黙』(91)のレクター博士ばりの猟奇殺人鬼の役なのだ。色仕掛けで白人刑事を翻弄するシーンに対して、中国では「屈辱的行為」などとネット上でバッシングが起きている。


 チャン・ツィイーが演じるのは、親切な白人夫婦に引き取られた施設育ちの中国系美少女クリスティン。年齢は18歳という設定。もともと童顔だし、米国人から見ればアジア人の年齢なんか分かんないよ、ということか。さすが『アルマゲドン』(98)、『パール・ハーバー』(01)、『トランスフォーマー』(07)を大ヒットさせたマイケル・ベイ。細かい違和感はスルーして、派手な殺人事件を次々と仕掛ける。一部の愛好家たちに知られる”サスペンション”なるSMグッズに犠牲者たちは裸で吊るされ、見るも無惨な猟奇死体へとトランスフォームしてしまうのだ。

housemen2.jpg子持ちのやもめ刑事(デニス・クエイド)に
色仕掛けで迫るクリスティン(チャン・ツィイー)。
この悪女の誘いに乗ったら、地獄行きが待っている
のは明白です。

 舞台は冬のデトロイト。クリスティンの養母の遺体が”サスペンション”に吊るされた格好で発見される。しかも、妊娠中だった養母の遺体からは胎児が摘出されているという見るに耐えない非道ぶりだ。壁には「COME AND SEE(来たれ)」と思わせぶりな血文字付き。現場検証に訪れたベテラン刑事ブレスリン(デニス・クエイド)は手掛かりの多さから逆に容疑者像を絞り込めず、ショック状態に陥っている養女のクリスティンを不器用に慰めるしかなかった。やがてブレスリンはSM関係者への聞き込みにより、特注サスペンションは4つ注文を受けていることが判明。どうやら猟奇殺人は少なくとも、あと3回は続くらしい。

 捜査が難航する中、ブレスリン宛てにクリスティンからの電話が鳴る。数日前には泣きじゃくっていたクリスティンが別人のように冷血で美しい微笑を浮かべて、「犯人は私なの」とブレスリンに告げるのだ。なぜ、18歳の可憐な少女が養母を虐殺したのか? そしてクリスティンが留置されている間にも、残り3つの殺人計画が進行していく。

 ブラット・ピット主演作『セブン』(96)はキリスト教七つの大罪がモチーフになっていたが、『ホースメン』は新約聖書の「ヨハネの黙示録」に登場する”四騎士”になぞらえた殺人が繰り広げられる。四騎士は、それぞれ戦争、飢饉、疫病、支配を意味するもの。『セブン』では名優ケヴィン・スペイシーが演じていた犯人役に、本作ではチャン・ツィイーがまだ不慣れな英語を懸命に覚えて取り組んでいる。今年1月に流出したチャン・ツィイーのパパラッチ写真を思わず連想してしまう、クリスティンの淫らな写真が証拠物件として警察に押収される。チャン・ツィイーのお色気モード全開である。といっても『女帝』の吹替えヌードみたいな肌の露出は控えめで、交尾したメスカマキリがオスカマキリを平らげてしまうといった殺伐としたフェロモン攻撃。チャン・ツィイーがエロ怖い!

 ちなみに本作のメガホンをとったのは、マドンナのドキュメンタリー番組やレディー・ガガら人気アーティストたちのPVを撮っているスウェーデン出身のジョナス・アカーランド監督。伝説的なメタルバンド”バソリー”の元ドラマーである。本作もブラックメタル特有の反キリスト教的、サタニズム(悪魔)的な美意識で彩られている。

 アカーランド監督いわく「チャン・ツィイーとの作業は素晴らしい体験だった。彼女に関しては、いいことしか言えないよ(笑)。彼女ほどカメラの前で存在感を出せる女優と今まで一緒に仕事をしたことがなかった」とのこと。また「彼女はセットに入るとキャラクターに入り込み、まったく別人のように変わった。キャラクターをきちんと理解して、熱意を持って演じていた」とも語っている。『初恋のきた道』のチャン・イーモウ監督、『グリーン・デスティニー』(00)のアン・リー監督、『ラッシュアワー2』で英語の通訳を買って出たジャッキー・チェンらと同じように、アカーランド監督も彼女にゾッコンLOVEらしい。

 先日、悪女学研究所の所長を務めるナオミちゃんベル(以下、ナオミちゃん)に”悪女”の定義についてレクチャーを受ける機会があった。古今東西の悪女について研究を重ねているナオミちゃんによると、悪女は幾つかに分類することができ、人を騙して金品を搾取するのは”悪人”であり、性欲に溺れ、人を殺めるのは”変態”なのだそうだ。「自分の目標を常に明確に持ち、自分の判断軸に従って、能動的に獲物を手に入れる女性」が正しい”悪女”とのこと。地方警察署勤務、議員のボデイガード、銀座のホステスを経て、現在はバツ3の子持ち&WEB会社を経営するナオミちゃんだけに、説得力のある言葉ではないか。また、ナオミちゃんは「周囲から”いい人と思われたい”という免罪符を持つことで、本来の自分の能力を発揮できずにいる女性が非常に多い」という見解を持っており、男性社会で働く女性たちに世間体や常識に束縛されない”悪女”になることを勧めている。

 悪女学研究所の定義に従えば、チャン・イーモウ監督の”ミューズ”の座を長年務めていたコン・リーからそのポジションを奪いとり、さらに大富豪の御曹司たちと浮き名を流した挙げ句に、現在はタイム・ワーナー社の大株主と婚約し、ハリウッドで自分の席をがっちりキープしているチャン・ツィイーは”悪女中の悪女”ということになる。『初恋のきた道』から10年経って清純派から悪女に変容したというよりは、女優としての演技力と飽くなき闘争心をプライベートでも大いに発揮している生粋の悪女だろう。母国でのバッシングの嵐にも負けず、チャン・ツィイーは”悪女街道”を猛スピードでばく進中だ。つややかに潤んだ黒い瞳は、一体何を見据えているのだろうか?
(文=長野辰次)

housemen3.jpg

『ホースメン』
製作/マイケル・ベイ 監督/ジョナス・アカーランド 出演/デニス・クエイド チャン・ツィイー ルー・テイラー・プッチ、クリストン・コリンズJr.  配給/カルチュア・パブリッシャーズ 10月24日(土)より新宿バルト9、渋谷シアターTSUTAYAほか全国順次ロードショー公開。R15+
<http://www.horsemen.jp/>

初恋のきた道

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最終更新:2012/04/08 23:09
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