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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.54

“空気を読む”若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は?

parade01.jpg藤原竜也、小出恵介、香里奈、貫地谷しほり、林遣都の5人が
楽しげな共同生活を送る『パレード』。
彼らのパレードの行き先は一体……?
(c)2010映画『パレード』製作委員会

 レミングは北極圏に生息する体長10cm前後のかわいらしいげっ歯動物だ。数年に一度、大量発生したレミングは、海や湖に次々と身投げする”集団自殺する動物”と伝説上で言い伝えられてきた。行定勲監督の『パレード』に登場する5人の主人公たちも、一人ひとりはまるでレミングのようにかわいいらしい男の子女の子たちだ。仲良く都内の2LDKマンションに暮らし、毎日がパーティーのような楽しい日々を過ごしている。しかし、誰もその共同生活の行き先は知らない。ひょっとすると、伝説上のレミングのように海や湖に向かって突き進んでいるのかもしれない。一見、爽やかな青春群像劇のように見える『パレード』だが、”空気を読む”ことに終始する若者たちの姿を投影したブラックな味わいが潜む作品なのだ。

 行定監督は『クローズド・ノート』(07)でキャリア10年を迎え、しばらく充電期間を送っていたが、今年に入って『今度は愛妻家』『パレード』とタイプの違う2作品を立て続けに公開している。薬師丸ひろ子と豊川悦司がダメ夫婦を演じた『今度は愛妻家』は女性層に好評で、客席で号泣する大人の女性が続出中だ。『GO』(01)では窪塚洋介、『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)では長澤まさみの生身の魅力を引き出した行定監督だが、その一方、狙いすぎて、『きょうのできごと』(03)、『遠くの空に消えた』(07)など観ている側が置いてけぼりを喰らう作品もある。はたして今回はどうだろう?

 『パレード』はバランスのとれた作品として楽しめた。原作小説の持つ今日的なテーマ、10年間のキャリアの中でひと通りやりたいことはやった感のある行定監督の演出、藤原竜也&小出恵介&貫地谷しほり&香里奈ら旬の若手俳優をそろえたキャスティング。3つの要素がうまく釣り合うことで、ラストのブラックなオチまで観客を飽きさせずにストーリーが転がっていく。

 映画配給会社に勤める健康オタクの直輝(藤原竜也)、イラストレーター兼雑貨店勤務の未来(香里奈)、人気俳優と極秘交際中のプー太郎・琴美(貫地谷しほり)、先輩の恋人に横恋慕する気のいい大学生・良介(小出恵介)が暮らす2LDKのマンションに、身元不明の少年・サトル(林遣都)が闖入する。4人の男女が色恋沙汰抜きで共同生活していることに驚くサトルに、「ここってインターネットでいえば、チャットや掲示板みたいなもの。イヤなら出ていけばいいし、居たいなら笑っていればいい」と琴美は解説する。「じゃあ、上辺だけの付き合いなんだ」と言い捨てるサトルだが、次第に2LDKに居着いてしまう。誰しもひとりぼっちはイヤだから。その上、ここでは触れられたくない心の奥には誰も踏み込んでこない。まるで回転木馬に乗っているかのように、楽しく心地よい時間が流れていく空間なのだ。

prade02.jpg5人の中で年長の直輝(藤原竜也)は映画配給
会社勤務。映画監督になるという夢を持って
いるが、日々の仕事や雑用に追われ、本当に
やりたいことも結婚も全て先送りにしている。

 同じ屋根の下で暮らしながらも、微妙な距離を保ち続ける彼らは、本気で怒ったり、泣いたり、自分をさらけ出さないようにしている。だから、相手が心の奥に抱える苦しみや悩みについては知らないし、なるべく近づかないようにしている。サトルが夜な夜な男たちに体を売って歩いていることは未来が知っているだけで、他は誰も気付いていない。サトルが他人の部屋に無断で入って物色する習性があることは、直輝以外は誰も見ていない。誰ひとり、サトルが何者であるか知らない。というか、みんな本当の自分自身の姿を知らない。

 年長の直輝は、ユニバース(単一宇宙)に対して、マルチバース(多元宇宙)という考え方があると話す。宇宙はひとつではなく、さまざまな宇宙が同時に存在し、各宇宙にはそれぞれ違った自分がいるのだと。どれが本当の自分かなんて、誰にも分かりやしないよと。

 行定監督に話を聞く機会があった。原作小説でも触れられているマルチバースという言葉に関して、以下のように語った。

「直輝はマルチバースという言葉は知っていても、本当の意味では理解できていない。結局、直輝は兄貴顔をしているけど、5人の中でいちばん甘えているわけです。自分が他の仲間と切り離されて、世界でひとりぼっちになるのが怖い。例えば、”空気を読む”と最近よく使われるようになりましたよね。昔はなかった言葉。これは人間社会に属する上での”モラル”が崩壊し、その代わりに使われるようになった言葉ですよ。”空気を読む”とは”本音を言わない”ということなんです」(行定監督)

 空気を読む……。何て不気味な言葉だろう。空気を読んでいる限り、その人の人生はいつまでたっても始まることはない。それでも空気を読むことを極めれば、そのうち立派な透明人間にはなれるかもしれない。

 『パレード』は物語の中盤までは5人それぞれの恋愛事情や心の葛藤が描かれたオムニバス風青春ドラマとして進行するが、近所で起きている連続通り魔事件が次第に彼らの生活に影を落としていく。通り魔事件の犯人が捕まらないことをテレビのワイドショーは度々伝えるが、このニュースは戦争やテロ事件に置き換えることも可能だろう。テレビの中でどんな大事件が報道されていても、自分たちの生活に影響が及ばない限り、そのニュースは自分には無関係なただの情報にしか過ぎないのだ。

 5人は楽しい回転木馬にでも乗っていたつもりだったが、時代の大きな流れの中で俯瞰して見れば、それは伝説上のレミングが断崖に向かってパレードを繰り広げているようなものだろう。空気を乱すのが怖くて、誰もパレードの行き先を尋ねられない。誰も自分からパレードを降りると言い出せない。誰もパレードを止めることができない。
(文=長野辰次)

parade03.jpg

『パレード』
 原作/吉田修一 監督・脚本/行定勲 出演/藤原竜也、香里奈、貫地谷しほり、林遣都、小出恵介、竹財輝之助、野波麻帆、中村ゆり、キムラ緑子、正名僕蔵、石橋蓮司 配給/ショウゲート 2月20日(土)より渋谷シネクイント、新宿バルト9ほか全国ロードショー公開
<http://www.parade-movie.com>

空気を読むな、本を読め。 小飼弾の頭が強くなる読書法

……だそうです。

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最終更新:2010/02/17 21:00
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