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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.466

“ニッチェ”江上と“美巨乳”筧美和子が女優覚醒!? 吉田恵輔監督の毒演出が冴える近親憎悪劇『犬猿』

まったく似てない姉妹を演じるのは、ニッチェの江上敬子とグラビアで人気の筧美和子。「胸がデカいだけ」など筧はイジられまくる。

 吉田恵輔監督のオリジナル脚本による新作『犬猿』が面白い。『純喫茶磯辺』(08)では新人時代の仲里依紗、『さんかく』(10)では“えれぴょん”こと元AKB48の小野恵令奈の小悪魔的な魅力を存分に引き出してみせるなど、演技キャリアのない若手女優の転がし方が抜群にうまい監督なのだ。今回の『犬猿』ではお笑いコンビ「ニッチェ」の江上敬子、リアリティー番組『テラスハウス』(フジテレビ系)で人気者になった筧美和子をメインキャストに抜擢。まるで似てない姉妹役を演じるこの2人に、実力派俳優の窪田正孝と新井浩文が兄弟役で絡み、痛くておかしなアンサンブルが繰り広げられていく。

 舞台となるのは小さな印刷工場。出版不況にデジタル化が進み、印刷工場の経営はかなり厳しい。そんな中、病気で倒れた父親から受け継いだ工場を、長女の由利亜(江上敬子)は何とか切り盛りしていた。ガムシャラに働く姉・由利亜とは対照的に、妹の真子(筧美和子)はのほほんとした性格で、ルックスの良さと巨乳を売りにして、芸能活動に励んでいる。とはいえ、たまにあるグラビア撮影だけでは食べていけず、普段は姉が経営する工場に勤めている。職場で愛想を振りまくだけの真子のことをお得意さんはちやほやするため、由利亜は面白くない。当然ながら、姉妹仲はあまりよろしくない。

 堅物の由利亜だが、取引先である印刷会社の営業マン・和成(窪田正孝)にだけはとことん甘い。和成に気に入られようと、和成が持ってくる無茶な予算やハードな納期も、由利亜は笑顔でずっと請け負ってきた。和成を食事に誘いたい由利亜だが、奥手な性格なため、なかなか言い出せずにいる。見かねた真子が「食事に行きましょうよ」と姉に代わって切り出すが、自分もちゃっかり同席し、食事の席で一方的に盛り上がってしまう。マジメな姉は妹の要領のよさを、妹は姉のプライドの高さをお互いにうとましく感じている。

「若い頃の藤山直美のイメージ」でキャスティングされたニッチェの江上敬子。日本映画学校卒業生だけに、かなりの演技力。

 一方の和成も家族のことで頭を悩ませていた。刑務所に入っていた兄・卓司(新井浩文)が出所し、和成のアパートで居候を始めたからだ。卓司はすぐに暴力を振るい、金銭感覚にも乏しく、定職に就くことができずにいる。和成の部屋にデリヘル嬢を呼ぶなど、やりたい放題だった。鼻つまみ者の卓司だったが、意外なことに輸入したダイエット食品が大当たり。高級車を乗り回し、親の借金を代わりに返済するなど、急に羽振りがよくなる。兄のようなヤクザ者にはなりたくない一心で、地道にサラリーマン生活を送ってきた和成にとって、兄の成功は面白くない。普段は温厚な性格の和成だが、同僚から「大丈夫? 人を殺しそうな顔をしているよ」と冗談まじりで声を掛けられ、ハッとしてしまう。ここらへんの繊細な芝居が、『僕たちがやりました』(フジテレビ系)の窪田正孝はとてもうまい。

 身近すぎる存在だから、余計に目障りに感じてしまう兄弟・姉妹間のナイーブな関係を、吉田監督は実にシビアかつコミカルに描いていく。小太り体型の姉・由利亜と違ってナイスバディな妹・真子だが、お勉強方面はさっぱり苦手。海外の映画に出演するチャンスが回ってくるが、英語が話せないためにほぞを噛むはめになる。職場や家族の中で常に必要とされている姉のことを妬ましく感じてしまう。姉がぞっこんなことを知りつつ、和成とホテルに行く関係となる。姉が欲しがっているものは、ついつい自分も欲しくなってしまうのだ。適度な距離感のある姉&弟、兄&妹と違って、同性同士の兄弟・姉妹はどうしても競争相手という意識が働いてしまう。大人になっても、その関係は続くことになる。ちなみに吉田監督はお姉さんがいるが、男兄弟は不在。兄のいる佐藤現プロデューサーの体験談や、なかにし礼の自伝的小説『兄弟』などを参考にしているそうだ。

 デビュー当初から、オリジナル脚本による『純喫茶磯辺』『さんかく』といった傑作コメディを放ってきた吉田監督。その後は東映で『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、東宝で『銀の匙 Silver Spoon』(14)とメジャー系での仕事が続いたが、森田剛が連続殺人&強姦魔を大熱演した前作『ヒメアノ~ル』(16)で本来の毒気を取り戻し、監督としてステージをひとつ上げた感がある。『さんかく』でも、ひとりの男(高岡蒼佑)をめぐる姉妹(田畑智子、小野恵令奈)の諍いが描かれたが、今回の『犬猿』は姉妹のみならず、兄弟間の生死に関わる葛藤も関わり、よりバージョンアップした人間模様が描かれている。

兄弟間の抜き差しならない関係を、窪田正孝と新井浩文が巧みに演じる。大人になっても男兄弟にはある種の緊張感がある。

 吉田恵輔作品は、若い女の子に対するフェティシュな目線も面白さのひとつ。『さんかく』では焼肉を食べた後の小野恵令奈の髪の匂いを高岡蒼佑がうれしそうに嗅ぐという変態チックなシーンが笑いを呼んだ。今回、吉田監督のターゲットとなったのは筧美和子だ。ずっと想いを寄せていた和成を妹の真子にかっさらわれ、由利亜は親戚が集まった新年の食事会の場で怒りを静かに爆発させる。家族や親族がまったりと過ごしているお茶の間で、由利亜はみんなの人気者・真子が出演している最新のDVDを流す。海外で撮影してきたこのDVD、いわゆる「着エロ」と呼ばれるもの。真子のマシュマロのようなボディが、男の手でマッサージされ、揉みしだかれる様子がテレビに映し出される。家族や親戚には内緒でこっそり出演した際どい「着エロ」DVDを見られ、真子は恥ずかしくてたまらない。筧美和子のリアクションは自然だし、悪意をむきだしにする江上敬子の表情もいい。吉田作品のコメディシーンには、近親者ゆえの妬み、嫉み、憎悪、コンプレックスといった本音が見え隠れし、非常に味わい深い。

 一緒にいると必ずケンカになってしまう兄弟・姉妹だが、身内以外の人間から兄や姉のことを悪く言われると、ついムキになって反論してしまう。同じ親から生まれ、同じ物を食べ、同じ環境で育ったため、どんなに似てない兄弟や姉妹でも、根っこの部分ではどうしようもなく通じるものを持っている。その根っこの部分こそが、憎たらしくて愛おしい。自分にとって最大の理解者でありながら、ちょっと油断すると足を引っ張りかねない天敵でもある。兄弟、姉妹ほど面倒くさい存在はいない。
(文=長野辰次)

『犬猿』
監督・脚本/吉田恵輔
出演/窪田正孝、新井浩文、江上敬子、筧美和子、阿部亮平、木村和貴、後藤剛範、土屋美穂子、健太郎、竹内愛紗、小林勝也、角替和枝
配給/東京テアトル 2月10日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
(c)2018「犬猿」製作委員会
http://kenen-movie.jp

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最終更新:2018/02/10 18:00
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