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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.8

“都市伝説”は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』

occultshiraishi.jpgホラー映画の巨匠・黒沢清監督が本人役で登場する『オカルト』。映画製作の合間に考古学の研究をしている黒沢監督は、白石ディレクター(写真中央)らに古代文字の秘密を解き明かす。(c)CREATIVE AXA Co.,Ltd.2009

 人間が吐き出した、嫉妬、恨み、怒り、悲嘆、中傷……といった廃棄物でできたドロドロのスープの中に、たった一滴だけ真実のエッセンスを垂らすと、やがて化学反応が起き、新しい都市伝説が生まれる。白石晃士監督は都市伝説を題材にした『口裂け女』(07)をはじめ、良識ある大人たちが眉をひそめるホラー映画を次々と撮り上げている注目の存在だ。現在、渋谷ユーロスペースで『オカルト』、キネカ大森で『テケテケ』『テケテケ2』と、都内で新作3本が一挙に公開されるという珍しい状況になっている。

『オカルト』はフェイク・ドキュメンタリーという形式の中に、心霊写真、UFO、ポルターガイスト、古代遺跡の謎といった雑誌「ムー」でおなじみ超常現象が咲き乱れている怪作。『テケテケ』『テケテケ2』は日本最古の都市伝説と称される上半身だけの幽霊”テケテケ”の噂に怯える女子高生たちの物語。どの作品も白石監督が得意とするフェイク・ドキュメンタリーで培った細かい日常の描写を積み重ねることで、不気味なリアリズムが漂う。

 とりわけ『オカルト』は先述の超常現象に加え、ネットカフェ難民、派遣労働、通り魔殺人という社会問題が組み込まれた厄介な作品だ。白石監督自身が犯罪ドキュメンタリーを取材中の白石ディレクターとして作中に登場し、天の啓示を受けたと訴える男性フリーターが巻き起こす悲喜劇をカメラで追い掛ける。途中、黒沢清監督や漫画家の渡辺ペコらがやはり本人役で現われ、観客は白石ディレクターと共に現実と虚構の隙間にできた迷宮世界へと吸い込まれていく。

 フィクションだとわかっていてもざらざらと肌感触で伝わってくる、このリアリティーは何なんだろうか。白石監督はこう答える。

「ボク自身が10年ほど前に福岡から上京してきて、日雇いの派遣労働をしていたんです。頑張って働いても月14万円程度とかなり厳しかった。風呂なしの四畳半のアパートに住んでいたんですが、家賃を滞納して『出ていけ』なんて言われたことも(苦笑)。浮浪者になる寸前でしたね。映画と友達という精神的な支えがあったから助かったけど、ネットカフェ難民などのニュースは他人事とは思えなかったんです」

 08年6月に起きた秋葉原通り魔事件を連想させるショッキングなシーンも描かれているが、企画は事件以前に進んでいたものだと白石監督は話す。

「偶然の共時性ですね。昨年の6月、脚本を仕上げていたときに秋葉原事件のニュースを見て、『脚本で書いたことが現実に起きている』と妻と顔を見合わせたのを覚えています。今回パッケージ上はホラー映画というジャンルになっていますが、ラストは思い切りぶっ飛んだフェイク・ドキュメントならではのシーンにしています。自分の置かれていた状況を思いっきり笑い飛ばすパワーのあるものにしたかった。秋葉原事件の犯人が凶行に走る前に、もしこの作品が完成していて彼が観ていたら、考え直したんじゃないかなって思うんです」

『オカルト』に登場する白石ディレクターのカメラに最後に映っていたものは何か? 白石監督いわく、大好きなスピルバーグ監督の『未知との遭遇』(77)の”その後”を白石監督流に描いたものらしい。

 白石監督をはじめとするホラー映画だけでなく、都市伝説は映画の中で度々取り上げられる。ドキュメンタリー映画『ヨコハマメリー』(05)は”白いメリーさん”の正体と共に横浜という港町の歴史を追い掛け続けた労作だった。三木聡監督のブラックコメディ『図鑑に載ってない虫』(07)には川の中州にホームレスたちが別社会をつくっているエピソードが出てくるが、これは大学時代に民俗学を学んだ三木監督が山の民・サンカのイメージを投影したものだそうだ。

 そして”キング・オブ・都市伝説”といえば、宮崎駿監督だろう。獣に育てられた野生の少女がヒロインの『もののけ姫』(97)、トンネルの向こうは異界だった『千と千尋の神隠し』(01)、ゴム人間がうようよと現われる『ハウルの動く城』(04)、人面魚が言葉を話す『崖の上のポニョ』(08)と宮崎作品は都市伝説、民間伝承が重要なモチーフとなっている。『となりのトトロ』(88)は狭山事件と関連づけた都市伝説が広まり、スタジオジブリが公式ブログで否定するに至っている。会議室で出資者たちに説明されるシノプス以外のさまざまなサイドストーリーを宮崎アニメに魅了された子どもたちは見つけ出し、自分たちのイマジネーションの世界へと解放する。

 最後は幸運を呼ぶ都市伝説について触れておこう。全49作に及ぶ『男はつらいよ』(69~97)を観ていると、風来坊の寅さんは明治時代に実在した”福の神”仙台四郎とイメージが重なってくる。日常生活では周囲の人々に迷惑をかけっ放しの寅さんだが、祭りが行われる旅先の集落では若い男女の背中を押し、淋しい暮らしをしている人々の心に温かい感情を呼び起こし、また次の集落へと去っていく。遊びに寄ったお店に幸運をもたらし、汽車に無銭乗車しながら東北一帯をぶらぶらして回った仙台四郎と寅さんは、社会におけるポジショニングはまったく同じだ。『男はつらいよ』は映画斜陽期の松竹を支えただけでなく、第30作『花も嵐も寅次郎』(82)の沢田研二と田中裕子、第37作『幸福の青い鳥』(86)の長渕剛と志穂美悦子は、それぞれの作品での共演がきっかけでゴールインしている。また、山田洋次監督は劇場版の最終話は息を引き取った寅さんがお地蔵さまになって柴又の人々を見守るという構想を抱いていたそうだ。実際に第48作『寅次郎紅の花』(95)のロケ地である神戸市長田区には「寅地蔵」が祭られている。フィクションの存在であるはずの寅さんは、現実社会において”神”として存在し続けている。
(文=長野辰次)

●『オカルト』
監督・脚本・撮影・編集/白石晃士
助監督/栗林忍
出演/宇野祥平 野村たかし 東美伽 吉行由実 近藤公園 大蔵省 篠原友希子 ホリケン。 高槻彰 鈴木卓爾 渡辺ペコ 黒沢清
配給/クリエイティブアクザ
3月21日より渋谷ユーロスペースにてレイトショー上映中。6月より大阪・梅田ガーデンシネマ、名古屋シネマスコーレ、広島・横川シネマにて上映。
http://www.occult-movie.com/

●『テケテケ』『テケテケ2』
監督/白石晃士
脚本/秋本健樹
出演/大島優子 山崎真美 岩田さゆり 仲村みう 水木薫 つじしんめい 阿部進之介 蛍雪次朗
配給/アートポート
3月21日よりキネカ大森にてロードショー上映中。
http://www.artport.co.jp/movie/teketeke/

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●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX

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[第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が”倒錯美”の世界へ
[第4回]フランス、中国、日本……世界各国のタブーを暴いた劇映画続々
[第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は……
[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

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最終更新:2012/04/08 23:05
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