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来日16年、全盲のスーダン人が“見た”日本とは──『わが盲想』(後編)

 新宿は人が多すぎて、空気に人間のほんのりとした臭さがあるんですよ。1平方メートルの許容人数を超えている気がするんですよね。しかもギラギラした感じの人が多いでしょ。

 あと、用水路臭いのは渋谷ですね。ほんのりね。神田は揚げ物や蕎麦屋のにおいがする。秋葉原は音が多いけど無臭なんですよ。

 ただ結婚してからは、妻が「変なものがあるよ」と教えてくれるようになって、「こんなものがずっとあったのに気づかなかったんだ」と、視覚から得る情報がいかに多いかを知りました。「百聞は一見にしかず」というのはこういうことなんだろうなと。いまは再発見しているわけです。

■盲目の作家として、これから選ぶ道とは?

――本を書く上でいろいろな苦労があったと思うのですが、一番印象深かったことはなんですか?

アブ やっぱり自分をどこまでさらけ出すか。さっきのお酒の話もそうです。ムスリムである僕が飲酒のことを書いてしまったら、本が有名になればなるほど、いろいろな問題を起こしかねない。でもそれを書かなかったら、一割の自分しか本に載らず、当たり障りのない人物像になってしまう。僕は、そこでの葛藤が一番魅力的だと思っているんです。「お酒を飲むか飲まないか。飲んだら、日本人ともっと打ち解けられるだろう」といった心の葛藤を描かないと、トータルでアブディンという人間を理解してもらえない。でも書いてしまったら自分のものではなくなって、独り歩きしてしまいます。だから、書くか書かないかですごく悩んで苦労しましたね。

――『わが盲想』では、点字でタイトルを表示する工夫なんかもされていますよね。しかもアブディンさんのこれまでの経験を踏まえて、点字本を同時出版したんですよね?

アブ 点字は間に合わなかったのでテキストデイジーというフォーマットで、日本点字図書館のサイトからダウンロードすれば、合成音声で聞けます。書籍の出版と同時にテキストデイジーで出るのは、おそらく初めての試みだと思うのですが、これは僕のメッセージなんです。やっぱり本がみんなの話題になっているときに読みたいわけですよ。出版社は利益に直結しない点字や音声ソフトにあまり理解がないので、発売後にボランティアの方が直さなければならず、完成までに数カ月かかるんですよね。数カ月もたてばブームも終わっているので話題に入れないし、旬なうちに読みたいのに読めないのはすごく悲しいと思って。せめて自分のときは、この本を読みたい人がいるかどうかは別として、メッセージ性を持たせる意味で同時に出してほしい、と編集者にお願いしたんです。

――それで今回そういうことになったんですね。

アブ 出版社が協力してくれたのはよかったですね。

――アブディンさんにはハンディキャップの負い目を感じさせないアグレッシブさと、強力な自己PR能力がありますよね。

アブ 自分では強いと思っていないですよ。自宅に送られてきた『わが盲想』のチラシを妻が近所の商店街で片っ端から配っていたので「恥ずかしいからやめてくれ」と言ったら、「あなたは、人に読んでもらうために本を書いたんじゃないの?」と言われて。すごくありがたいし、ごもっともだけど、恥ずかしいじゃないですか(笑)。でも、前に出て後手に回らないようにという気持ちはあります。僕にできることは限られているから。後がないから前に出るしかないでしょ。

――最後の質問です。アブディンさんは、これからどうしたいですか?

アブ 単純に日本語のうまい外人として扱われるのは、ちょっと寂しいんですね。日本に15年いて、日本の歴史やいまの日本の問題点などいろいろなことを考えているのに、「日本はどうですか?」なんて聞かれて外人扱いされるのは、やっぱり不本意ですね。

 だから、この本は日本へのご挨拶なんです。モハメド・オマル・アブディンはこういう人ですよ、とわかってもらうための本。

 僕をもっと多くの人に知ってもらって、これからは堅い問題を僕なりにかみ砕いて、いままでにない視点でアタックして、読みやすくわかりやすく笑いを飛ばしながら文章を書きたい。タブー視されるテーマや社会問題にも挑戦してみたいんです。
(取材・文=丸山佑介/犯罪ジャーナリスト

最終更新:2013/06/08 15:00
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