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西原理恵子の生き様が人生の分岐に──

『嫌な顔されながらおパンツ見せてもらいたい本』40原が語る“パンツ愛”そして、これから

(C)40原

 午前中。前日に、とらのあなで見た、圧倒的な話題作であることを、ひと目で理解させる陳列を思い出しつつ、質問項目を整理する。整理しながら、改めてイラストを見る。そして、マンガも。

「こんな、グッと引き込まれてしまう世界を生み出せる人がいるのか」

 いったい、どんな人がこれを描いているのだろう。その好奇心は止まるところを知らない。

 あまりに、やる気があったのか。

 待ち合わせが2時なのに、1時間も早く到着してしまった都内某所の珈琲店。インタビューの相手に、都合のよい待ち合わせ場所を聞いて、池袋を指定される。必ず使うのは、だいたい、この店になる。入口の間口の狭さに反して、地下に広がるフロアは広い。混雑しているはずなのに、だいたいいつも、待たずに案内される。喫茶店で待ち合わせる時には、30分前と決めている。でも、1時間前は、さすがに早すぎだ。

 20代前半くらいの、笑顔がチャーミングなショートヘアのウエイトレスに案内されて席につく。アイスコーヒーを注文し、じっと待つことにする。机の上には、付箋をつけた同人誌。レコーダー。ボールペンとノート。レコーダーの電池を確認した後は、何もしないでじっと待つ。突然、相手が後ろから来るかもしれないから、スマホを弄るのも厳禁。

 存外に早く来たような気もしたが、ノートにメモした質問項目を改めて見ていると、すぐに時間は経っていく。

 時計を見ると14時。それから5分ほどして、電話が鳴る。

「いま、入口にいるのですが、どちらにいらっしゃいますか?」

 礼儀正しい電話の声。席を立って、通路に出ると、清廉な雰囲気の青年の姿を見つけた。

 席に座って、互いに名刺交換をしていると、ウェイトレスが注文を取りに来る。40原は、少し考えてからアイスティーを注文する。

「お待ちくださいませ」

 うわべだけではない、心のこもった丁寧なしぐさ。でも、ふっとテーブルの上に目をやって「しまった」と、心の中で呟く。テーブルに置かれた『嫌な顔されながらおパンツ見せてもらいたい本』。シリーズ1冊目の表紙に描かれている嫌な顔をした女のコはメイド。デザインが異なるとはいえ、この珈琲店のウェイトレスの制服は、レトロなメイド風味。自ずと少しばつが悪い顔をしてしまう瞬間。その空気を変える40原の一言。

「ボクも、この店を打ち合わせでよく使ってるんです。フィギュアのサンプルとかも広げたりしてますしね」

 裏表のない笑顔が、場の空気を一瞬で穏やかなものに変える。刹那、あたりを見回す。隣のテーブルには、出張らしき気の張ったサラリーマンが2人。あとは、かしましい老女たちのグループに、老人たち。賑やかな店の中で、このテーブルは、とりわけ和んだ雰囲気があった。

 それは、40原の立ち振る舞い。口から出る言葉や態度は、もう10も20も年齢を重ねているかのように落ち着いている。同人誌は合計4タイトルで7万部以上売れている。商業出版になった写真集も話題沸騰。ときどき新作イラストがアップされるTwitterのフォロワー数は10万人に届こうとしている。ありきたりだが、若くして実力を認められて、名声も収入も得ている……という表現が、もっともしっくりくる。

 だが、数字で具体的に示される評価を前にしても、彼は極めて謙虚だ。自分の仕事の面白さと情熱を語る言葉は膨大。でも、自分の誇ろうとする天狗の鼻は片鱗も見えない。

「こんなに売れると生活が変わったりするんじゃありませんか?」

「それが、この本の売り上げは、ほとんどテをつけていないのです。同人誌の印刷費と、アシスタントしてくれた友人とかに支払っているだけです。売上は、活動を支援してくれるためのものだと思っています。だから、贅沢する……もっといい部屋に住むとか、贅沢な旅行に行くとかはないんですよね。このお金を使って、新しいことをやりたい。ほら、お金を使わないとできないこともあるじゃないですか、人の力を借りなければいけないプロジェクトを立ち上げるとか……」

 イラストレーターの仕事の合間の、自分のやりたかったことを試してみたら、たまたま大きくなっただけ。ならば、もっと喜んでもらえるものを考えていきたい。パンツをきっかけに、40原は、そんなことを考えるようになった。この成功も、たまたま思いつきで当たったわけではない。そこへ至る紆余曲折。そして今も、続く次はどんな嫌な顔でパンツを見せてもらうのかの試行錯誤は、止まることを許されない前進だ。そこに、40原は無限の喜びを感じている。

 同人誌を通じて、一躍名を轟かせる40原。けれども、最初にパンツ本を頒布した2015年の冬コミまで、コミックマーケットには出展したことがなかった。コミックマーケットへの出展は「嫌な顔されながらおパンツを見せて欲しい」という新ジャンルの誕生と共に生まれた、新たなチャレンジ。

 40原のpixivを見てみると、パンツ以前と以後は、まるで別人。pixivに「嫌な顔されながらメイドさんにおパンツ見せてもらいたい」が投稿されたのは、15年6月7日。それ以前のイラストも、二次創作やオリジナルまで膨大だ。精緻に描かれたイラストの美麗さはいうまでもない。けれども、そこにはパンツに見られるような、ぐっと引き込まれるような要素はない。無礼を承知でいえば、ただの上手で綺麗なイラスト……。

 その壁が、40原をパンツへと導いたものだった。友人の誘いでオリジナル作品のみの同人誌即売会であるコミティアを知り、出展したのは13年の秋。その頃、既にpixivでイラストを発表していた40原は、美麗なイラストを描けることで、少しずつファンを得ていた。pixivではランキング上位の常連となり、仕事の依頼も舞い込むようになっていた。ならばと思い、最初は100部も売れればいいなと思って刷ったのは同人画集。「最初に行った時に、ゆったりしていて好きだな」と思ったコミティアで、同人誌は着実に売上を伸ばしていった。pixivの閲覧数も同様。それと共に、舞い込む仕事の数も増えてきた。自ずと生活は安定する。


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