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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.485

平成の世に起きた第二の「阿部定事件」なのか!? 佐藤寿保監督が女の多面性を描く『可愛い悪魔』

美穂(七海なな)は男たちの欲望に次々と応えるが、やがて男たちの潜在的願望まで引き出すようになってしまう。

 1936年は日本が軍国化していくきっかけとなった「二・二六事件」の起きた年であり、「阿部定事件」が世間を騒がせたことでも知られている。料亭で働く定が不倫相手を窒息プレイで殺害した後に男性器を切り取ったこの猟奇的事件は、大島渚監督の『愛のコリーダ』(76)、大林宣彦監督の『SADA』(98)など、たびたび映画化されている。1980~90年代に“ピンク四天王”のひとりとして活躍した佐藤寿保監督の新作『可愛い悪魔』も、実在の事件にインスパイアされたものだ。2015年に起きた「弁護士局部切断事件」をモチーフに、佐藤監督は事件を招いた女性の多面性、現代社会における人間関係の希薄さを感じさせる官能サスペンスに仕立てている。

 本作のモチーフとなった「弁護士局部切断事件」だが、「阿部定事件」と違って殺人には至っていない。司法試験を目指していた大学院生の夫のために弁護士事務所で働いていた妻だが、やがて職場の上司と不倫関係に。夫にその事実を問い詰められ、妻は「無理矢理に関係を迫られた」と自己弁護。妻の言葉を信じ切った夫は弁護士を殴り倒し、枝切りバサミで局部を切断した。妻は黙って、その様子を眺めていたとされている。ピンク四天王時代、ホラー映画『華魂』(14)、日米合作『眼球の夢』(16)と過激な作品を次々と発表してきた佐藤監督がこの事件に惹かれたのは必然だったのかもしれない。

佐藤「この事件を最初に聞いたとき、やはり阿部定事件に似ているなと思いました。でも阿部定が切り取った男の局部を大事に持ち歩いていたのに対し、今回の事件では女性は直接手を下さず、切り取った局部はすぐに捨てている。即物的というか、現代的というか、時代の違いみたいなものを感じさせますよね。ワイドショーや週刊誌に当時はよく取り上げられたものの、どれも三面記事的な扱いばかり。事件の表層部分をいくら追っても、何も見えてこない。それならば、事件を招いた女性を中心にしたフィクションとして掘り下げてみようと考えたわけです」

七海なな演じるヒロイン・美穂は、天使かそれとも悪魔なのか。男たちの前で、それぞれ違った顔を演じてみせる。

 本作のファムファタールとなる美穂を演じるのは、佐藤監督作には初出演となる七海なな。城定秀夫監督の『舐める女』(16)がピンク大賞最優秀作品賞に選ばれるなど、近年その演技力が評価されている女優だ。10代の少女のような面影を残す七海だが、本作では法科大学院生で稼ぎのない夫・小塚(鐘ヶ江佳太)との生活を支えるために健気に働く貞淑な妻の顔、上司である弁護士の桑田(萩野崇)の前ではコスプレやSMプレイに応じるエロティックな女の顔、そして犯行直後には悪魔のような笑顔……といくつもの顔を見せる。自称ルポライターの法月(杉山裕右)は美穂の本当の顔を知ろうと事件について調べ始めるが、素顔の美穂について知れば知るほど真相は藪の中へと消えていく。思いあまった法月は美穂に直接接触するようになるが、美穂の妖艶さに取り込まれてしまう──。

佐藤「七海さんは『眼球の夢』のオーディションで初めて会ったんです。彼女は高校時代に生徒会長を務めていたこともあり、頭がよく、勘もいい。年齢を重ねても少女のような雰囲気を持ち合わせている。『眼球の夢』のイメージには合わなかったのですが、犯罪ものにはよく合うだろうなと感じていました。ある意味、犯罪って、人間の純真さが引き起こすものだと僕は考えています。純真無垢な少女は、その存在自体がすでに犯罪です(笑)。女がつく嘘は必ずしも自己弁護のためではなく、相手を傷つけたくない優しさから生まれることもある。でも、女がついた嘘のために、男は妄想を一方的に膨らませ、狂気に陥ってしまいかねない。ミステリアスな女ほど、男たちを魅了してしまうものです。映画的にとても魅力のある女性像を、七海さんは限られた撮影日数の中でうまく演じ切ってくれたと思います」

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