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ドラマ評論家・成馬零一の「女優の花道」

杏は“正統派ヒロイン”だけじゃない! 復帰ドラマ『偽装不倫』で見せた演技の幅

 2016年から出産と子育てのために女優業を休止していた杏が、テレビドラマに戻ってきた。

 復帰作は日本テレビ系で水曜午後10時から放送されている『偽装不倫』。32歳の派遣社員・濱鐘子(杏)が主人公のラブコメディだ。

 福岡旅行へ向かう飛行機で、鐘子は25歳のカメラマン・伴野丈(宮沢氷魚)と知り合う。帰国子女の伴野が年上女性との不倫に憧れていると思った鐘子は、つい既婚者だとウソをついてしまう。

「この旅行の間だけでいいから、僕と不倫しましょう」

 伴野にそう言われた鐘子は、期間限定の“偽装不倫”を楽しむ。そして、甘い一夜を過ごした後、ウソをついたまま伴野と別れた。しかし、ホテルに姉から無断で拝借した指輪を忘れてしまったため、東京で伴野と再会することになってしまう。

 原作は人気漫画家・東村アキコがLINEマンガで連載中のWEB漫画。ドラマ化もされた『海月姫』や『東京タラレバ娘』(ともに講談社)などで知られる東村の漫画は、コメディとシリアスを激しく横断する激しいテンションが特徴で、社会で働く女性の苦悩に寄り添った作品を多数手がけている。

 この『偽装不倫』も、30代独身女性と帰国子女の年下イケメンのロマンスという韓流ドラマのような甘い要素(漫画版の伴野は韓国人という設定)が盛りだくさんだが、主人公の鐘子が派遣社員で婚活に疲れているという設定は重く、ロマンスで覆い隠されているキツイ現実が時々漏れ出す。

 例えば第2話。指輪を返してもらうために伴野と再会した鐘子は、「ダメだ。好きだ」「私、この人が好きだ」と思う。そして3年間の婚活で、好きでもなんでもない人と会うために費やした時間を振り返り、「まったくなんのときめきもない相手にサラダを取り分ける時の、あの頭がグラグラする感じ、私はあれが嫌で婚活をやめた」「私、恋できるんだ」というモノローグが入る。

 婚活で知らない男と食事する気まずい場面の記憶を不安げに語る杏のモノローグは、実に痛々しい。ラブコメ的なドキドキよりも、鐘子が抱えているモヤモヤ(例えば、婚活で感じた好きでもない男性と会い続ける不毛な時間によって疲弊していく感情)が見え隠れする瞬間にこそ、本作の魅力が一番表れている。

 このあたり、鐘子を演じる杏は、よくつかんでいる。ラブコメのヒロインとして明るく振る舞いながらも、心の奥底に何か重いモノを抱えているという二面性を、絶妙なバランスで演じている。

 表情に含みはあるが、それが悪目立ちせず、思わせぶりになりすぎないという巧みなさじ加減で演じており、それがそのまま、一見日常に溶け込んでいるが漠然とした不安を抱えている鐘子のキャラクターと、うまく合致している。

 ブランクをまったく感じさせない、見事な立ち振る舞いである。

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