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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】

消耗品ではない、アニメーションの豊かな可能性 新作『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』

宙に浮かぶ“白い手”の正体

平凡な主婦・すず(声:のん)と遊女のリン(声:岩井七世)は異なる境遇で育ったが、不思議と気が合った。戦時下のガールズムービーとなっている。

 ガールズトークのシーンは、どれも秀逸だ。リンやテルちゃんとのガールズトークが加わったことで、すでに描かれていた周作の母・サン(声:新谷真弓)、周作の姉・径子(声:尾身美詞)、すずの妹・すみ(声:潘めぐみ)たちとのガールズトークもより際立つものとなった。戦時下の女性たちは不自由を強いられていたが、その分だけ彼女たちは土地にしっかりと根を下ろして生きようとする。女たちのたくましさが、とても愛おしい。

 だが、すずがようやく見つけた居場所は、米軍が投下した爆弾によって、簡単に吹き飛ばされてしまう。すずが最初に仲良くなった径子の娘・晴美(声:稲葉菜月)は、すずの右手と一緒にこの世界から消えてしまう。「この世界に居場所はそうそうのうなりゃせんよ」と話していたリンさえ、花見で出会ったのが最期となった。そして、8月6日。すずの故郷・広島市に新型爆弾が投下される。戦争は、爆弾は無慈悲に、すずが愛したものたちを奪い去ってしまう。

 物語の終盤、右手を失い、得意の絵を描くことも、家事を果たすこともできなくなったすずの頭を、“白い手”が空中からにゅっと現れて、優しくなでる。原作コミックやオリジナル版にも登場した“白い手”は、どうやらすずが空襲で失った右手らしい。でも、オリジナル版の劇場公開、テレビ放送、そして『さらにいくつもの片隅に』と何度も観ているうちに、この“白い手”はもっと深い意味を持つもののように思えてきた。宙に浮かんだ“白い手”は、すずが右手を失わずに済んだ、もうひとつの世界を示唆するものではないだろうか。

 すずが右手を失っていなければ、幼い晴美も無事に生きていたかもしれない。だが、逆に晴美は生き残り、すずが吹き飛んでいた可能性もある。どちらが幸か不幸か、秤で比べることはできない。結局のところ、人間はいくつかの偶然が重なって見つけた居場所で生きていくことしかできない。タイトルバックで描かれた白いタンポポの綿毛のように。

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