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なぜ子ども向け自己啓発本がブームに? 親と教師にはできないキャリア教育の最前線

文=飯田一史(いいだ・いちし)

写真/Getty Images

 2015年にシリーズが開始した『学校では教えてくれない大切なこと』(旺文社)や、16年3月発売の『こども孫子の兵法』(日本図書センター)に始まる斎藤孝(明治大学文学部教授)の『名著こども訳シリーズ』などのヒットによって、“子ども向け実用書”“子ども向け自己啓発書”ジャンルが形成され、ベストセラーが生まれている。

 こうした子ども向け自己啓発書ブームの背後には、いわゆるキャリア教育(職業や進路選択についての教育)需要の高まりと、それに対する公教育の不十分さ、教育機会の不足がある。
 発売2か月で13.5万部と大ヒット中の池上彰監修『なぜ僕らは働くのか』(学研プラス)を手がけた学研の編集者・宮崎純氏のコメントを交えながら、子ども向け自己啓発本とキャリア教育のトレンドについて見ていこう。

池上彰監修『なぜ僕らは働くのか』(学研プラス)

親が子どもに自己啓発本を渡す理由

 子ども向け自己啓発本は子ども自身が買うのではなく、親が買い与える、または学校の司書や教師が子どもに薦めるものだ。つまり、子どもが自ら好んで手に取るというよりは、大人が子どもに自己啓発してもらいたいと思って渡すほうが多い。

 では、なぜ大人は子どもに生き方を考えてほしいと思うのか?

 かつてのように、「偏差値の高い学校に進学し、大企業に入るか公務員になるか医者になれば将来安泰」という時代ではなくなった。もちろん、そういう進路が向いている人もいるが、それが多くの人間にとって望ましいと昔ほどは信じられていない。かといって、多くの大人は子どもに対して「勉強なんかしなくていい」とも言えない。

 結局、子どもの進路については、個々の子どもの適性と置かれた環境に合わせて個別具体的に子ども自身、そして周りの大人が一緒に考えるしかない。しかし、子どもに対して「じゃあ、そういうことだから考えておいて」と言って済むわけがない。手がかりもないのに将来像を見据え、そこから逆算して今やるべきことを自ら決められる子どもはいない。

 とはいえ、周りの大人が「君はこうするべきだ」と一方的に言ったところで、子どもからすれば納得がいかないだろう。だから、「世の中にどんな仕事があり、どんな生き方があるのか」を子どもに教えるキャリア教育と自己啓発が必要になる。

教師は生き方や職業観を教えるプロではない

 文科省も小中高校に対して「キャリア教育をやれ」とは言っているものの、現場の教師が自信満々で教えられるようなものではないだろう。そもそも、ほとんどの学校では多様な職業を経験してきた人間たちが教師として集まっているわけではなく、社会の動向、ビジネスのトレンドや必要なスキルを学校の先生が把握しきれるはずがない(そこまで求めるのは酷だ)。教師は、教科は教えられても、生き方や職業観を教えるプロではない。

「学生時代に教育実習をやったとき、主任の先生が『教師の仕事は10年もすると、同じことの繰り返し。マンネリを感じずに働いていくには、どうしたらいいと思う?』と僕たち実習生に訊いてきたんですね。その場ではたいしたことは言えなかったんですが、すごく心に残って、自分の職業選択に大きな影響がありました。『それでも教師という仕事に対して情熱を持ってやれるか?』という覚悟を問われたのだと思いますが、もしかしたら主任の先生も本当に悩まれていたのかもしれません。今、キャリア教育を子どもにしなければいけない学校の先生方だって、どう働くべきか、本当にこの働き方が正解なのかと模索していると思うんです」(学研・宮崎純氏)

 では、親は? といえば、自分や身の回りの経験から語るくらいしかできず、情報の網羅性や客観性が欠けやすい。

 教師や親が提供しづらいとなると、第三者からということになる。しかし、大人であっても、キャリアを考えるセミナーなどのリアルイベントにわざわざ足を運ぶのは、ややハードルが高い。子ども向けならなおさら参加させるのは難しいし、そもそもそうした機会自体がそれほど多くない。

 となると、価格、触れやすさ、網羅性といった点から見て“本”がもっとも現実的かつ有効な手段として選ばれることになる――。これが今、子ども向け自己啓発本/キャリア教育本が求められている背景である。

学校や受験の枠組み内だけで悩む子どもだち

 もっとも、親や教師のニーズだけで作られたものなら、子どもには届かない。子どもの側にも刺さる要素があるからこそ、このジャンルでヒット作が生まれているはずだ。

「『なぜ僕らは働くのか』に対して、読者の中高生から『価値観が変わりました』という感想をいくつもいただきました。いわゆる5教科(国語、数学、英語、理科、社会)の成績によって入れる高校や大学が決まることが多いけれども、そこがゴールではないことくらいはみんな知っています。じゃあ、勉強しなくていいのかといえばそういうことでもなく、例えば、大卒でないと職業の選択肢は減る。ほかにも『学校の勉強だけできてもしょうがない』『お金がすべてじゃない』と言う声も聞いている。そうすると、断片的な情報や他人の意見に振り回されて、自分にとっての正解がわからなくなってしまう。この本はその悩みに対して、マンガの登場人物たちのストーリーを通じて、またさまざまなデータや体験談を提供することで、読者それぞれが自分の将来像をイメージできるようにと心がけて制作しました。結果、子どもたちに『そうか、別になんでもかんでもできる必要はないんだ』『自分の得意なところで勝負していけばいいんだ』といった安心感を与えられたのかな、と」

 大人が子どもにどうやって伝えたらいいのか困るようなことだけに、子どもはなおさら考えあぐねている。

「大人向けの自己啓発本には『強みを活かせ』『自分らしく生きよう』と書かれていて、それを読んでみんな安心していますよね。社会に出れば、人それぞれ『コミュニケーション能力は高いけど、経理作業はてんでダメ』だとか、『人と話すのは少し苦手だけどプログラミングスキルは並外れている』といった得意・不得意があることに気づくし、それでも組織が回ることを大人は知っています。子どもは大人以上に他人と比べて『自分はこれができないからダメだ』と悩みがちで、しかも“学校”や“受験”の枠組みの中でしか自分の価値が見えていないことが多い。本を通じて学校の勉強以外にも視野が広がるよう意識しましたが、結果、逆に『自分のやりたいことをやるには何が必要なのか見えてきて、勉強への意欲が沸きました』という感想もいくつもいただきました」

子どもが自発的に勉強する動機を与える

 筆者は、YouTube上でテストや受験に役立つ講義や情報を提供する“教育系YouTuber”の動画についてどう思うか、学校教師や塾・予備校講師、学習参考書の編集者に取材した(https://www.premiumcyzo.com/modules/member/2020/04/post_9781/)ことがあるのだが、すべての人が「いくら内容が良くても、動画を用意しただけでは、学習の動機付けができない。一体どうやって『勉強しよう』というやる気を喚起するのか。そこが動画教育のボトルネックだ」と口を揃えて言っていた。

 つまり、勉強する“理由”がないと、いくら良質なコンテンツがあったとしても勉強に身は入らない。ゲーム感覚で難しい問題に取り組むこと自体が楽しいとか、他人と点を競うのが好きという人間、知識欲だけで机に向かえる人もいるだろうが、おそらく多くの子どもはそうではない。

 今、勉強することが、将来の自分と結びつくこと――「将来こんな仕事に就き、こんなふうに生きるために、今これをやる」と納得することこそが、勉強するモチベーションになるはずだ。
 勉強がすべてではないが、たとえスポーツ選手やアーティストになる人間であっても、まったくなんの勉強もしなくていいわけではない。どんな職業でも、何かしら学び続けることが必要になる。

「ただ『勉強しなさい』と言われるよりも、『生きていく上ではいろいろ必要なことがあって、勉強はその中のひとつだ』『今している勉強は将来の自分とこういう点では結びつき、こういう点では結びつかないかもしれない』といったん俯瞰して自分なりに納得したほうが、目の前のことに向かえるのかな、と思います」

 子ども向け自己啓発本/キャリア教育本は、子どもが自発的に勉強しようと思う動機を作ってくれるという、ある意味では最強の学習参考書である――。これもまた、ブームの理由かもしれない。

飯田一史(いいだ・いちし)

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

最終更新:2020/05/29 13:15

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