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三島由紀夫、柳美里……実在の人物を書いた「モデル小説」のトラブル史が映し出す社会と文学の変化

公私が揺らぐ瞬間をとらえた三島由紀夫『宴のあと』

――『プライヴァシーの誕生』では社会の変化や法律的な議論も扱っていますが、さすが文学研究だと感じたのが、三島由紀夫の『宴のあと』についての指摘です。裁判で三島を訴えた原告側は「公私を峻別し、都知事に立候補して選挙運動をしたといった公の部分に関してはプライヴァシーを主張しない」という理屈だったけれども、作品を読むと主人公の福沢かづが選挙カーの上に乗って行った応援演説シーンでは彼女の裸体を重ねられている。つまり、「公私の峻別が成り立たず、プライヴァシーの侵犯はつねに危機にさらされていると示していた」と。これは法学部的発想では出てこない視点で、非常に重要かつ面白い指摘です。

日比 『宴のあと』に関しては「文学研究をやっているのにな」と思いながら法律関係の資料や判例研究をひたすら読みましたが(笑)、三島の表現を精読していくことの意味を言わなければと思って書きました。選挙に夫が立候補したことで妻も政治の世界に巻き込まれ、怪文書をばらまかれる。そのさなかで夫の応援演説に立たなければならない。公衆の前でマイクを握りながら、「裸体になったような気持ちがする」と小説は彼女の苦しみを表現しています。

 選挙演説をして裸になったような感覚を味わうなんて普通ではあり得ないのだけれども、あの小説の中では理屈が通っている。三島の小説は公私の区別が揺らぐ瞬間をとらえているわけです。文学研究の本として、ここが三島を文学論から読む面白さなのだと伝えたかった。

――モデル小説の歴史を振り返ると、小説という表現形式が特定の人間を傷つけない節度を備えていく代わりに、ある意味では自由さを失っていったという、単純には良いとも悪いともいえない両義性を感じましたが、日比先生は改めてこの流れについて、あるいは現状について、どうとらえていらっしゃいますか?

日比 近代日本において、小説が「リアル」であることを世に訴えていく過程でトラブルが起こってきました。明治の半ば頃から「写実」を唱えるようになり、見たままを偽らずに書こうという思潮が「告白」などにつながり、近代のリアリズム小説の王道が始まった。そこには、リアルさを追求するがゆえのトラブルが副産物として常に存在してきた。その大きなものがモデル問題です。ですから、下世話なテーマを扱った風変わりな研究に見えるかもしれないけれども、日本の近現代文学史のど真ん中を突いたつもりです。

 終章ではモデル小説、私小説の終焉ともいうべき現状を書きました。文学史の形では扱いませんでしたが、その先にある、スマートフォンや各種のカード類などを使うことで個人情報が蓄積され、国や企業に利活用されることへの不安と、頼まれてもいないのにSNSに個人的なことを書いている事実が奇妙に混在する、21世紀的なプライヴァシーのあり方には関心を抱いています。その技術と文化が絡み合う地点については、今後も考え続けたいですね。

(プロフィール)
日比嘉高(ひび・よしたか)
1972年、名古屋市生まれ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員研究員、ワシントン大学客員研究員を経て、現在は名古屋大学大学院人文学研究科日本文化学講座准教授 。専攻は日本近現代文学・文化論、日系移民文学論、出版文化論。著書に『〈自己表象〉の文学史 私を書く小説の登場』(翰林書房)、『ジャパニーズ・アメリカ 移民文学・出版文化・収容所』(新曜社)、『文学の歴史をどう書き直すのか 二〇世紀日本の小説・空間・メディア』(笠間書院)などがある。

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

いいだいちし

最終更新:2020/10/26 20:00
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