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あのスティーブ・ジョブズが崇拝した! ヒッピー時代にアメリカへ渡った禅僧の驚愕人生と素顔

文=飯田一史(いいだ・いちし)

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弟子たちは絶賛するが、家族からの評価は低い乙川弘文。(写真/Nicolas Schossleitner)

 スティーブ・ジョブズが師と慕い、一時は生活を共にした禅僧・乙川弘文(おとがわ・こうぶん)。アメリカ・ロサンゼルス在住のノンフィクション・ライター、柳田由紀子氏は彼の足跡を追って世界各地を渡り歩き、新刊『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』(集英社インターナショナル)を著した。

 弘文は京大で修士号を取ったインテリであり、禅宗のひとつである曹洞宗のエリートコースを歩むも、1960年代後半に米西海岸に渡り、育ててくれた養父母とは縁を切った。アメリカでは剃髪せず、アルコールに溺れ、二度も結婚したことから、曹洞宗内部では「破戒僧」と見る人もいた。最期は5歳の娘と共にスイスにある池で溺死し、ヨーロッパの弟子たちはみな「泳げないのに娘を助けるために飛び込んだ」と信じているが、アメリカで弘文を知る人たちは「泳げたはずだ」と語る。僧侶としての功績を讃える人が無数にいることとは対照的に、アメリカで築いた家族たちは口が重く、取材自体が困難を極めた――。

 見る人によってまるで評価が分かれる、この謎めいた僧侶・乙川弘文とは何者なのか? どこがジョブズの心をとらえたのか? 著者の柳田氏に訊いた。

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柳田由紀子著『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』(集英社インターナショナル)

ジョブズが立ち上げたNeXTの「宗教顧問」ではなかった!?

――ジョブズと乙川弘文の交流を描いたアメリカン・コミック『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』(集英社インターナショナル/2012年)を訳したのがきっかけで、柳田さんは弘文に興味を持たれたのでしょうか?

柳田 そうです。それ以前は仏教については特に関心はなく、日本の実家では何かあれば法事などはしていましたけど、「なんでこんなことするんだろう?」と思っていたくらいです。

――「ジョブズに近かった」という事実を除けば知る人ぞ知る存在だった弘文に関心を持った理由は、ジョブズに迫りたかったから?

柳田 最初はそうですね。私はずっとアップル製品を使っていますが、「ジョブズは禅の影響を受けている」といわれても「本当なの?」という疑問があった。禅はアメリカでは「ZEN」としてかなり普及していて、「ZENなんとか」という商品名が付いているものは大体、洗練されたデザインで人気がある。日本の禅がどうしてそんなに広まっていったのかという関心もありました。

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ケイレブ・メルビー原作、ジェス3作画、柳田由紀子訳『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』(集英社インターナショナル)

――乙川弘文はジョブズが85年にアップルを追放された後に立ち上げたNeXT社の「宗教顧問」だったと書かれてきましたが、柳田さんの取材によってそういう事実はないと確認されるなど、『宿無し弘文』ではアップルやジョブズのファンにとって興味深いことも書かれています。

柳田 私が調べたところでは、ジェフリー・S・ヤングの『iCon』という本(日本語版の書名は『スティーブ・ジョブズ 偶像復活』、東洋経済新報社)がそう書いたのが初出。その後の人たちは、十分に取材しないで引用、孫引きしたようです。かく言う私も『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』の時点では知らなかったから、原著通りに「NeXTの宗教顧問」と訳してしまったけれども。『iCon』の著者にこの件について問い合わせたけど返事がないから、本人はわかっているんじゃないかな。

――乙川弘文はアメリカ仏教界において影響力を発揮したというより、ジョブズに影響を与えたという点で注目されている?

柳田 弘文さんは曹洞宗をアメリカに広めて組織化することには全然関心がなかった人なんですね。自分では成果を何も主張しない。しかし、アメリカでもヨーロッパでも、あれだけ僧伽(修行者の集団)、坐禅を組む集団を広めた人はいないと思います。それはもう、弘文を西海岸に招いた鈴木俊隆(すずき・しゅんりょう)さん(62年にサンフランシスコ禅センターを設立したことなどで知られる僧侶)や、ヨーロッパに曹洞禅を広めた弟子丸泰仙(でしまる・たいせん)さんたちに匹敵するでしょうね。

 ニューメキシコ、スイス、オーストリア……本当にいろいろところに弘文さんがかかわった禅堂やお寺があります。ただ、彼はそれを日本の曹洞宗に登録しなかったので、統計や宗派の公式の記録からは活動がまったく見えてこない。けれども、アメリカや欧州の各地で弟子たちが今も活動しています。しかも、お弟子さんたちも師匠に似て、上昇志向がまるでないんです。「曹洞宗にアピールしなければ」というスタンスではない。ですから、私が弘文の足跡を追ってお弟子さんたちを訪ね歩かなければ、埋もれたままだったかもしれません。

――西海岸でも弘文の影響は今も残っていますか?

柳田 弘文さんが生きていたときと一緒で、草の根的に存在しているという感じでしょう。彼がシリコンバレーの山の中に創設したお寺の慈光寺は今も活動しています。でも、表立って目立つようなことはしていない。もちろん、弘文さんの影響という意味では現在のアップルにだってあると思います。

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