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弱者を依存症と死に追いやり日米社会を蝕む処方薬の闇! 米国ではオピオイド、日本ではベンゾの被害が蔓延

政府のキャンペーンで誤った安全神話が拡大

 ここまでの神保氏の話からも、米国のオピオイド危機が同国の人種問題、貧困や格差の問題、メディアの問題など、さまざまな社会問題と深く関わっていることがわかっただろう。

 一方の日本では、オピオイドは医療用麻薬の扱いとなるため、その使用や管理は法令により厳格に規定されている。そのため依存症などの問題はほとんど起こっていないが、精神科などで処方されるベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬(以下、ベンゾ系薬剤)は、その依存症に苦しむ人が多く、問題は深刻だ。

 ベンゾ系薬剤は「切れ味のよさ(即効性)」が特徴といわれ、不安・緊張の緩和、睡眠導入効果の高さから、精神科を中心に一般科でも数多く処方されてきた。日本での代表的な薬はデパスやハルシオンなどだ。このベンゾ系薬剤には、ふらつき、転倒、記憶障害、せん妄などの副作用があり、保険適応の処方量・用法でも依存症になる「常用量依存」のリスクも指摘されている。常用者が急に服用を止めると、不眠、動悸、不安感などの強い離脱症状も出ることがあるため、減薬も難しい。大手メディアでの報道はまだ少ないものの、国家賠償請求の集団訴訟を目指す団体も近年は立ち上がっている。

 なぜ日本では、そのベンゾ系薬剤の被害が深刻化してしまったのか。読売新聞医療部に在籍中の10年以上前から精神医療の問題を追い続け、『なぜ、日本の精神医療は暴走するのか』(講談社)などの著書も発表してきた医療ジャーナリストの佐藤光展氏は次のように語る。

「ベンゾ系薬剤の常用量依存については、すでに1980年代の欧米で指摘がされていましたが、日本では致死性の低さだけを理由に、『多くの量を服用しても死の危険性が低い=安全な薬』というおかしな神話が生まれていました。そして内閣府が10年から自殺対策の一環として展開した『睡眠キャンペーン』も、その誤解を後押ししています。その公式サイト上では、ベンゾ系薬剤を市販の睡眠薬と比較したうえで、日本睡眠学会の医師が実名で『耐性や依存性が出現しにくいなど副作用が少なく、より安全な薬です』と解説。常用量依存についても否定していました」(佐藤氏)

 また患者の診察を行い、処方する薬を決める精神科医も、ベンゾ系薬剤の副作用について説明せず、「ずっと飲み続けても大丈夫」などと説明するケースが多々見られたという。

 なぜ医師はそのような漫然処方をしてきたのか。兵庫県の長尾クリニック院長で、多剤投与の問題を扱った著書もある長尾和宏氏は、その背景を次のように説明する。

「ベンゾ系の薬剤はやはり即効性が高いため、時間をかけて患者と向き合わずとも『睡眠』というご利益を手早く与えられる。そのため実力のない医師ほど、患者を喜ばせるためにその場しのぎで使っている印象です」(長尾氏)

 そして一番の問題は、「そうした薬にもっとも慎重であるべき精神科の専門医が、安易にベンゾ系を処方していること」だという。

「ベンゾ系薬剤を3種類以上処方することは内科では禁じられていますが、精神科では5剤ほどを処方するケースがよくある。また本来は1錠出すところを2錠、3錠と出しているケースも散見されます。精神科病院の入院患者のレセプトを見ると、ひどい薬漬けの人もいますから。そしてそのレセプトの審査は精神科医が担当しているので、ベンゾ規制が精神科だけは手つかずの状況なんです」(長尾氏)

 そうした実態の背景には、米国のオピオイドの状況と同じく、「患者を依存症にしたほうが製薬会社や病院が儲かる」という事情もあるのだろう。佐藤氏が確認した03年の国立(現在は国立病院機構)の精神科病院の報告書には、「常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようにする」と、ベンゾジアゼピンの医師にとっての有用性、医院経営への影響を指摘する文章があったという。

「そうしたことを医師がどこまで意識していたかは程度の差があると思いますが、患者が依存症に陥っていることを認識しつつ、漫然と投薬を続けた医師は多いと思います。依存の問題を深く考えなければ、致死性が低い点では使い勝手も良かったでしょうし、だからこそ精神医療の内部から『この薬は危険だ』と声を上げるのが憚られた状況もあったと思います」(佐藤氏)

 そうやって患者のことを考えない医師によりベンゾ系薬剤を処方され、依存症になってしまった人の中には、「社会生活からドロップアウトしてしまう人も多い」と長尾氏。

「大量の抗うつ剤の服用を続けた人は肥満にもなりやすく、糖尿病や高血圧、内科系疾患などにもなりやすい。私の印象としては、生活保護を受けている方には、ベンゾ系薬剤を飲んでいる方がかなり多いです。ベンゾが生活保護受給者を作っている部分もあるでしょうし、ベンゾによって生活保護から抜け出せなくなっている人もいるでしょう」(長尾氏)

 また薬の作用を味わう目的で、漫然処方を行う医師を利用し、意図的にオーバードーズをする人もいる。なお、ベンゾ系薬剤の常用を続けると、認知症のリスクも高まってしまうという。

「ベンゾ系薬剤の多剤投与を続けると、脳の認知機能が低下し、認知症のリスクが増大することも明らかになっています。またベンゾ系薬剤の減薬には非常に長い時間がかかりますし、患者さんの負担も本当に大きい。本来は減薬に取り組むべき精神科が、ベンゾ系薬剤の漫然処方を続け、患者と社会に悪循環を生み出している現状には、私は怒りしか感じません」(長尾氏)

 佐藤氏も精神医療の現状には怒りを覚えているそうだが、「すべてを精神科医のせいにするのも間違っている」と話す。

「ベンゾ系薬剤で人生を壊された人が日本に多いのは確かです。その薬を処方してきた医師の罪は重いといえるでしょう。しかし依存症者本人が立ち直るには、自助グループに参加するなどして、自分が薬に頼った原因を探り、自分の生きづらさに正面から向き合うことが必要な場合もあります。そうしたことを特にせず、人生を壊された恨みつらみを募らせて、『何もかもが医師のせい』と精神科医を過剰に攻撃している人も一定数いるわけです。その点では、真面目に医療に取り組んでいる精神科医は気の毒なわけですが、心ない精神科医の中には『精神医療を攻撃する人たちはみんな頭がおかしい』と乱暴に決めつける人もいる。そうした実情が、この問題の解決を難しくしている部分もあるでしょう」(佐藤氏)

 では、この状況を改善するためには、何が必要なのだろうか。常用量依存のリスクや、薬一辺倒の精神医療への警鐘は、各医学会のガイドライン等にも盛り込まれるようになったが、ベンゾ系薬剤の処方は今も続いている。

「即効性に優れたベンゾ系薬剤は、一時的な使用が有効なケースがあるのも確かです。問題は長期処方が漫然と行われていることなので、まずは使用期間について精神科も含めた一律で厳しい制限を設けるべきです。規制の緩さが原因で依存症が蔓延している状況は、米国のオピオイド危機とも非常に似ていますから」(長尾氏)

 またアルコールや覚醒剤の依存症者が参加できるような自助グループも必要だ。ベンゾ系薬剤についてもそうした組織は各地で立ち上がっているが、まだ数は多くないのが現状だ。

「そして処方薬依存を専門に扱う病院もほとんどありません。そうした背景には、アルコールや違法ドラッグなどと比較すると、やはりベンゾ系薬剤の問題が社会問題として認識されていないことが大きいと思います。また現在は麻薬、覚醒剤、アルコールなどの依存への国の対策が、縦割りで行われている点も改善が必要です。脳の報酬系の依存症の問題については、貧困問題とも密接に関わっていますし、組織の連携や統一も必要になってくるでしょう」(長尾氏)

 なおベンゾ系薬剤の問題については、先述のように国家賠償請求を目指す団体も出てきているが、厚生労働省は目立った実態調査も行わず、具体的な対応策も提示できていないのが現状だ。

「常用量依存まで国の責任とすると、膨大な人数が賠償の対象になるため、『国としてはそこまで責任をとりたくない』という心情もあるのでしょう」(佐藤氏)

 このように国の対応が後手後手に回っているのは、やはり米国のオピオイド危機と似た状況だ。

「大手メディアで処方薬の依存症や乱用の問題が報じられている点では、まだ米国のほうが社会として健全ともいえます。なおオピオイドについては、日本では現状は厳しい規制がありますが、米国で起きた社会問題は、20~30年遅れて日本で起こることが通例です。また日本でも米国と同様に、先発のオピオイドは砕いて使用ができないように製剤方法が変更されましたが、後発のジェネリックの薬剤は砕くことも水に溶かすことも可能です。そこが今後は抜け穴になっていく可能性もあるでしょう」(長尾氏)

 米国でオピオイドの蔓延が深刻化したのは、大手メディアの報道が遅れたことが原因のひとつだった。オピオイドとベンゾ系薬剤の問題は、今後も継続して注視していく姿勢がメディアにも求められるのだ。

(文/古澤誠一郎)

最終更新:2021/02/12 11:00
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