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『海よりもまだ深く』──女性にとって元カレは、幼児のときにお気に入りだったイチゴのパンツ程度の存在

文=稲田豊史(いなだ・とよし)

──サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が原作を務めるマンガ『ぼくたちの離婚』(集英社)が、3月18日に刊行される。これを記念して「月刊誌サイゾー」で連載中の「稲田豊史のオトメゴコロ乱読修行」から、「結婚・離婚」にまつわるテーマを選りすぐって無料公開します!

『海よりもまだ深く』──女性にとって元カレは、幼児のときにお気に入りだったイチゴのパンツ程度の存在の画像1
『海よりもまだ深く』(バンダイビジュアル)

「女は上書き保存、男は別ファイル保存」

 男女の恋愛観の違いをPCのファイル保存方法にたとえた、有名な現代格言だ。その心は、「女は今まで付き合った男に未練がない。男は今まで付き合ったすべての女に、未練やしがらみを感じる」。男脳・女脳をテーマにした実用書やネット記事で、これが書かれていないものはない。

 これをサイゾー読者用にチューニングして説明するなら、男にとって元カノ・元妻は「がんばってクリアしたファミコンカセット」。可視化された履歴書であり、戦闘機の撃墜マークで、ガラスケース陳列級の「努力の跡」なので、カセットに名前を書いてちゃんと引き出しにしまっておく。クリア時のセーブデータは絶対に消さない。

 しかし、女にとって元カレ・元夫は「飽きたスマホのゲームアプリ」。端末の容量が不足してきたら、容赦なく消す。大切なのは今プレイ中のゲームであり、過去に何のゲームをどれくらいやり込んだかの記録など、どうでもいい。「努力の跡」に価値は見いださない。人生は有限なのだ。飽きたアプリを端末に常駐しておくほど、(私の人生の)容量に余裕はない。見限った男には、1キロバイトだって使いたくないのだ。

 しかし、2016年5月に公開された是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』では、この「保存理論」に、気になるただし書きが追加された。

 本作の主人公・良多(阿部寛)は、離婚した元妻の響子(真木よう子)と11歳の息子に未練タラタラ。15年前に小説の新人賞を獲った過去の栄光に囚われている、イタい中年だ。ギャンブル狂いで生活力がなく、いい歳してモラトリアム。女々しくて、セコい。一方の響子には、年収1500万円の新しい彼氏がいる。誰の目にも、最初から良多に勝ち目はない。

 しかし「女は上書き保存」と認識していた良多に、同僚の女性がこう言う。女にとって前の男は、カンバスに描いた油絵の「下の絵」である。別の絵の具を塗り重ねれば見えなくはなるが、ここ(と言って胸を指す)にはある。なくならない、と。

 つまり前の男は、上書きによって消去されるわけではない。アプリの比喩に翻訳するなら、iPhoneのホーム画面からは消えても、自分のiTunesには残っている。いつかは再インストールできるかもしれない。良多は希望を抱き、俄然、元妻との復縁に張り切る。

 だが、響子の態度は引くほど冷たい。良多が何か言うたび露骨にため息をつき、会話中も視線をほとんど合わせない。良多の一挙一動すべてが気に入らず、敵意むき出し。視界に入るのも、同じ空気を吸うのも嫌と、視線で語っている。

 いやしくも一度は愛を誓い合った相手なのに、今、目の前にいる元妻は、ゴミを見るような目で自分を見ている。ここで真木よう子が見せる超ドS演技に、離婚協議中の人格否定合戦を思い出して、胸の動悸が止まらなくなったバツイチ男性は少なくない(と推察する)。人を虫扱いする、あの視線。世界から消えたくなる、あの視線。

 しかし疑問だ。もし女にとって前の男が油絵の「下の絵」なら、なぜここまで酷い仕打ちをするのだろう? そんなに不快なら、普通に「上書き」で完全消去してしまえばいいのに。

 実はこういうことだ。女は「下の絵」が今の自分にとってかけがえのない一部であることは認めているが、それを今さら額縁に入れて鑑賞したいとは思わない。むしろ目をつぶりたいとさえ思っている。

「下の絵」は言うなれば、桜の木の下に埋まっている死体だ。かつては枝を茂らせるための養分として使ったが、花が咲き誇ったのちに、わざわざ根元を掘り起こして腐乱した肉塊を拝みたくはない。

「下の絵」は言うなれば、内臓で消化されつつある食物だ。自らの血肉となる栄養源であり、生体活動の源だが、ドロドロの消化物を体内から取り出してしげしげ見つめるような趣味はない。

「下の絵」は言うなれば、気鋭の女優がグラビア時代に出演した着エロ動画だ。間違いなく自分のキャリアの一部ではあるし、そこで得た現場経験が今の自分の礎となっているのは間違いない。が、クリームまみれのバナナを口に出し入れする10年前の動画リンクを、今さらツイートしてほしいとは思わない。

 女は、人生が不可逆的だということを知っている。毎晩の風呂あがりに、あの頃の肌質は二度と戻らないことを、嫌というほど実感する。出産のため一度会社を辞めてしまうと、同じ待遇で仕事に復帰するのは基本的に無理筋であることを、屈辱とともに思い知る。「あの頃に戻りたい」などというナメた戯れ言を平気でつぶやくのは、たいてい男なのだ。

 女にとって元カレや元夫は、実家の押し入れで20年数年ぶりに見つけた、幼稚園生のときにお気に入りだったイチゴのパンツ程度の存在だ。かつては「毎日はきたい」と母親に癇癪を起こすほどお気に入りだった、イチゴのパンツ。それが好きだった過去の自分を否定はしない。だが、セルライト混じりの尻肉が垂れ始めた今、はいてみようなんて絶対に思わない。

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