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『海よりもまだ深く』──女性にとって元カレは、幼児のときにお気に入りだったイチゴのパンツ程度の存在

「あの頃に戻りたい」は男の戯れ言

 したがって、カフェで元カレにばったり会おうが、異業種交流会で偶然にも元夫と同じテーブルに着こうが、男側が感じるほどに彼女たちの胸はざわつかない。上塗りで封印した「下の絵」、すなわちイチゴのパンツがたまたま視界に入ったところで、「ああ、あたしコレ好きだったな、クスッ」程度だ。ところが困ったことに、ナイーブ男子は、この「クスッ」にいたく傷つく。

 同窓会に小さな娘を連れて来た元カノが、独身の自分の前で、薄ら笑いを浮かべながら「ねえ△△(娘の名前)ちゃん、この人、ママが昔好きだった人」と言い放つ。鬱になるほど罵倒し合って離婚した元妻が、半年後にLINEでしれっと「新しい彼女できた?」と聞いてくる。

 いずれも「クスッ」の一形態、無邪気な放言であり、深い意味はない。未練タラタラの御仁にとっては、憤りすら覚える肩透かしには違いないが。

 ゆえに、劇中の良多のように、「もしかして復縁できるかも」などという期待をもって近づいてくる男は、「小さい頃、イチゴのパンツ好きだったよね。今でも似合うかな、はいてみようよ、ウヒウヒ」などと言い寄る男と、勘違い度とキモさにおいて大差ない。虫扱いされて当然である。

 イチゴのパンツをはいては脱ぎ、はいては脱ぎを繰り返しながら、スタスタと前に進んでいくのが女の人生だ。来た道を戻って再びパンツをはき直したり、手に取って眺めたりなんてしない。自分のしたウンコを手に取って眺めたりしないのと同じだ。

 だから、脱ごうとしているパンツにちょっと待ったと手をかけたり、地べたに脱ぎ捨てられたパンツを拾って彼女の鼻先に突きつけたりという行為は、もっとも蔑まれる。

 それがどれくらいイタいかといえば、40の中年男が小学校のクラスで好きだった女の子をフェイスブックで名前検索して、いきなり友達申請するのと同じくらい、イタい。どれくらいキモいかといえば、付き合って5年の34歳の彼女に「今度、高校時代のセーラー服を着たままでやらせて」と懇願するくらい、キモい。

 そりゃ、見られるよね。ゴミを見るような目で。

「月刊サイゾー」2016年7月号より転載

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2021/03/06 14:00
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