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あなたの夫は「ユニクロのフリース」か?──W不倫マンガ『あなたのことはそれほど』から学べること

「子はかすがい」の本当の意味

 まとめよう。女はタイミングで相手を選ぶ。ゆえに選んだ後に心境が変わったら、別の男を選び直したくなる。夫が結婚当初と何一つ変わっていなくても、関係ない。だから不倫された配偶者は理解できない。「俺の何が悪かったんだ? 俺は結婚当初から何も変わってない」。いや、貴殿は悪くない。変わったのは妻の心境だ。それだけだ。あんたは悪くない。天を呪え。

 男は、彼女が妻になることで自分のステータスがどれだけ上がるか(下がらないか)に納得できたら結婚する。結婚というイベントによって、いくら経験値がもらえて、どれだけ友達から拍手されるのかが、男の最大の関心事だ。だから妻が不倫しようが裏切ろうが、結婚生活は守りたい。作中の涼太もそういう行動を取る。もちろん、美都はそれを理解できない。

 作中、妻の不倫を知った涼太は子連れの光軌に「子はかすがいと言いますが、実際のところはどうなんでしょう? それだけではないと信じたい」という意味深なセリフを吐く。涼太の真意はともかく、実際に子どもは、あくまで原則的にだが、「離婚ストッパー」となりうる。女は母になれば、関心矢印の大部分が夫から子どもにシフトするため、夫に対する気変わりが家庭崩壊の致命傷にはならないからだ。一方の男は、仮に妻が豹変したとしても、「妻子を養っている自分」というステータスで自尊心を満たせる。これも離婚の歯止めとなりうる。

「子はかすがい」が、あまりにも前時代的すぎる考えかたであるのは百も承知。しかし子どもの存在が「タイミング」と「ステータス」の隙間を埋める補填材になっていることに、一定の妥当性はあろう。なお、美都の浮気を疑いだした涼太が美都に子作りを提案した際の彼女の返答は、「ずっといらない。子どもなんていりません私」だった。

 余談だが、数年前に実家へ帰省した歳、齢60を過ぎた母とふたりで喫茶店に入った。その際、母が父と出会った頃の話を唐突にしゃべりだしたのだが、イマイチ大恋愛だった感が伝わって来ない。そこで、父と結婚した理由を聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「タイミングだね」

 母にとっての父がユニクロのフリースだったのか、エルメスのコートだったのかは知る由もない。が、少なくともここ4~50年、この国の「夫婦」のかたちは、ほとんど何も変わっていないようだ。次回帰省時には、父に同じ質問を投げてみたい。

「サイゾーPremium」2015年11月の記事より転載

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2021/03/08 14:00
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