『青天を衝け』徳川慶喜と平岡円四郎の“主従愛”に渋沢栄一は嫉妬した? 史実から読みとく男たちの熱い物語

文=堀江宏樹(ほりえ・ひろき)

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

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インスタグラム:【公式】大河ドラマ「青天を衝け」(@nhk_seitenより)

 次回のNHK大河ドラマ『青天を衝け』において、平岡円四郎(堤真一さん)が暗殺されてしまうようですね。

 事件が起きたのは元治元年(1864年)6月16日の夕刻時。御池堀川ちかくの旅館に滞在中の一橋家家老・渡辺孝綱を平岡たちが訪問した帰り道のことでした。

 平岡は、波岡一喜さんが演じる川村恵十郎(かわむら・えじゅうろう)などをボディガードとして連れていたのですが、二人組の男たちから切りつけられ、「右の肩先より左の肋に切り下げられて即死」してしまったそうです。しかも主犯は、徳川慶喜(草彅剛さん)ゆかりの水戸藩士である江幡広光・林忠五郎たちでした。

 “尊皇攘夷”を唱える政治家の筆頭格だった、「烈公」こと徳川斉昭の息子が徳川慶喜です。しかし慶喜という人は、ふだんは物静かで何を考えているかよくわからない位に穏やかでした。だからこそ、周囲に「本当は言いたいことも言えずに黙っているのであろう」という邪推をさせる余地があったのでしょう。

 慶喜と平岡のように「日本は港を開きつづけ、外国と交流し、真の国力をつけるべき」という開港派の考えを尊王攘夷派は検討もせず、毛嫌いするだけでした。攘夷はナンセンスという意見は、慶喜と平岡の共通見解だったのですが、慶喜の片腕となり、政治をぐいぐいと進めていく平岡だけが攘夷派の憎まれ者になってしまったようです。

 徳川慶喜の淡々とした振る舞いについては、それが当時の貴人のマナーの基本だったということもあるでしょう。一方で、慶喜は筋金入りの穏やかさで知られていたのだろうなぁ、と思わせる事件がいくつかあります。

 前回の『青天~』の放送で、草彅剛さん演じる慶喜が、猪飼勝三郎という小姓に頭皮を剃刀で切られてしまい、包帯を巻かれながらも「痛くない」と言っていたシーン、覚えていますか? あれは慶喜本人が認め、渋沢栄一がまとめた『德川慶喜公伝』にも出てくる、正真正銘の事実なのです。

 当時の貴人らしく、身だしなみを御小姓の手で調えてもらうのが毎朝の慶喜の行事でした。ある時、「勝三郎(は慶喜)公の御髪を上げ奉りしに、ふと剃刀にて傷(きずつ)け奉りしかば、(勝三郎は)はっと打驚(うち・おどろ)きし」という事件が起きたそうです。しかし、この時、頭皮を切られた慶喜が「痛い!」という素振りを見せるわけでもなく、キズを負わせた勝三郎のほうが「驚いた」と言っているのには、失笑してしまいます。

 本当に痛くなかったのでしょうか? 剃刀キズの痛みに慶喜は強かったのかもしれません。これは少年時代の慶喜の話です。彼は寝相がきわめて悪く、それを父・斉昭から咎められるほどでした。ですから、父の命令で剃刀を枕の両端に置いて寝る訓練を繰り返し、寝相矯正を図ったというのですが、これも『德川慶喜公伝』に出てくる本人公認エピソードなのが恐ろしい……。

 ですから、一度や二度、猪飼勝三郎に頭皮を切られたところで動じない忍耐力がこの時、すでに彼の中では養われていたのかもしれません。

 この不器用すぎる小姓・猪飼の後任者が、平岡円四郎なのでした。ですから、ご飯をちゃんとよそえない15歳年上の平岡を見ても慶喜は驚かず、自分で実演をして見せ、彼に所作を教え込むことができたようです。

 しかし、常日頃穏やかな慶喜も、ときには激情を迸らせました。『青天~』第14回(5月16日放送)で、八方美人な中川宮、そして中川宮をカネで買収しようとしている薩摩藩主・島津久光らを「天下の大愚物・天下の大奸物に御座候」(大奸物=食わせ者)と、面と向かって罵るシーンが出てきましたが、あれも史実をベースにしています。

 そういう静と動の差が激しい慶喜に、平岡は惹かれていきます。慶喜は高い身分ゆえに自身では積極的に動けないこともありました。それを平岡がカバーし、数々の政治活動を続けたのです。そんな中、かつては大老・井伊直弼と対立してしまったので、慶喜は蟄居謹慎、平岡は甲府藩の閑職に左遷されたことがありました。

 左遷勤務が終わり、自由の身になった文久3年(1863年)以降、平岡は京都の慶喜を訪ね、仕事に復帰しました。彼らの主従愛は“本物”だったのです。慶喜が「甲府から平岡はまだ帰って来ないのか?」と周囲に尋ねることもあったといいますが、残念ながら『德川慶喜公伝』には慶喜による平岡への熱い思いは記されていません。

 貴人である慶喜は、臣下に平等に接するべきで、誰かへの特別な好意を文字に残すようなことはしてはならなかったという公の理由もあるでしょう。が、慶喜と平岡に対し、ある意味で「男の嫉妬」といえる複雑な感情を抱いていた渋沢栄一が『德川慶喜公伝』の編集長だったことも、理由のひとつかもしれませんね。

 前回の『青天~』の放送でも出てきましたが、平岡から「篤太夫」なる名前を渋沢栄一がもらい、一橋家で仕事している時に使っていたのは史実です。また、その平岡から才能を見いだされ、一橋家に仕えるようになったのも周知の事実です。しかし、渋沢は恩人・平岡の死に対して、比較的冷淡な態度を貫いています。少なくとも後世の我々にはそう読めるようなコメントしか残っていません。

 渋沢は、平岡の洞察力に関しては高く評価していました。「客が来ると其顔色を見た丈(だ)けでも早や、何の用事で来たのか、チヤンと察するほどのものであつた(『実験論語処世談』)」とすら語っています。客の顔色を見ただけで、要件を察するだなんて、まるで占い師のようですね。

『青天~』では、「頭がよく、先が見えすぎる平岡のような男は長生きできない」という西郷隆盛のセリフが出てきましたが、実際のところは、彼の頭の回転の速さに付いてこれない他者を切り捨てるところが平岡にはあった、ということを渋沢は匂わせています。

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