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「慰安婦論文」と問題国際化の背景

米国教授の「強制」否定論が大批判 国際問題化する慰安婦論の最前線

「慰安婦」否定論者に見られる反フェミニズムの思想

 こうしたアメリカでの「歴史戦」の文脈を踏まえると、ハーバード大学の教授であるラムザイヤー氏の論文の登場はどのように読み解けるのか。

「彼は日本の右派が続けてきた対外発信の文脈にいる人物だと思いますし、右派としては『国外向けの発信役』として大きな期待を寄せていたと思います。日本にはケント・ギルバートやマイケル・ヨンなど、外国人の立場から歴史修正主義にくみする発言をする人がいましたが、彼らは学者ではないし、海外での知名度や影響力はありませんでした。その点、ラムザイヤーはハーバード大学の学者ですし、学術論文の形で慰安婦の強制性を否定することは、右派にとって悲願のひとつでした」(山口氏)

 能川氏も次のように続ける。

「ただ彼は、以前から日本の被差別部落や在日コリアンについて差別的な論文を書いていましたし、今回の論文も単純に『右派の働きかけによって書いた』というわけではなく、彼自身の内発的な動機もあって書かれたものだと思います。なおラムザイヤーは右派的な思想の持ち主で、『アメリカのマイノリティを題材に書くと議論が大きくなってしまうので、あまり知られていない日本の事例を選んでいる』と以前に書いています」(能川氏)

 ラムザイヤーの日本を題材とした論文にはマイノリティへの攻撃、人権の軽視といった特徴が見られる。そうした主張を英語圏で安全に行うために、日本が題材に選ばれ、結果的に右派的な言説と共鳴した可能性は大いにあるだろう。

「なおラムザイヤーと親しい関係にあり、日本の右派論壇誌の常連となっているジェイソン・モーガン(麗澤大学准教授)も、学生の頃にアメリカのアカデミズムの雰囲気になじめずに、多様性に関する学内の研修に反発する事件を起こしています」(能川氏)

 ジェイソン・モーガン氏はその研修で、特にトランスジェンダーに対して反発する態度をとっていた。そして彼は、今回のラムザイヤー論文に対して、「論文を攻撃する人々の多くは、慰安婦を絶対的な犠牲者と見なす過激なフェミニスト」と主張している。コラムで詳述するように、慰安婦問題について「強制はなかった」と否定する勢力には、反フェミニズムの思想も色濃いのが特徴で、その思想で外国人の有識者と連帯しているケースもあるわけだ。

「また韓国にはニューライトと呼ばれる新しいタイプの保守勢力がいますが、彼らの場合は『反共』という思想で日本の右派とつながっていて、慰安婦問題を否認することがあります。基本的に歴史修正主義は自分が帰属する共同体の過去を美化する運動のため、国際的な広がりは持ちにくいですが、『共通の敵』を見いだしたときは国境を越えることがあるわけです」(能川氏)

 ただ一方で、ラムザイヤー論文に強い批判が集まったのも、やはり国境を越えた連帯が広まりつつあるからだった。

「これまでも問題のある論文を書いてきたラムザイヤーが、今回これだけ世界から批判されたのは、論文のテーマが国際的な広がりを持つ慰安婦問題だったからだと思います。ラムザイヤーの所属するハーバード大学でも、ロースクール以外の学生やフェミニストからも反対の声が上がりましたし、アメリカではアジア系住民が被害に遭ったアトランタ銃撃事件の経験もあり、アジア系の活動家の間で差別に対抗する連帯が広まっています」(山口氏)

 日本軍の慰安婦制度についての論文が世界的な騒動になったことには、「日韓問題が海外に飛び火した」というイメージを持っている人が多いだろうが、世界では「二国間の問題ではなく世界の問題」「自分たちにも関係のある問題」として慰安婦問題が捉えられているわけだ。

 ラムザイヤー論文に集まった強い批判や、人権問題や女性差別問題への意識が世界的に高まっている現状を考えると、日本の右派による慰安婦問題の言説が海外で大きく拡散する心配は少ないように思える。ただ、ツイッターの歴史修正主義的な右派のアカウントでは、ラムザイヤー論文は今も大人気だ。

「今回の論文はネット版への掲載時に大きな批判を浴びたため、印刷された雑誌に掲載されるかは不透明な状況ですが、掲載されれば右派の人たちは『やっぱり問題はなかった!』と騒ぐでしょうし、不掲載となれば『検閲だ!』『言論弾圧だ!』と騒ぐでしょう。いずれにせよ、ネトウヨの人たちが永遠に使える材料になってしまったわけです」(山口氏)

 理路整然とした批判を浴びてもビクともしないのは、歴史修正主義者の強みでもある。韓国でラムザイヤー論文への反発が起こったというニュースも、「ネット右翼にとっては格好のエサになっている面がある」(能川氏)というつらい実情があるのだ。そして圧倒的な物量でラムザイヤー論文を擁護する歴史修正主義の勢力に対して、日本のマスメディアはラムザイヤー論文の騒動事態をほとんど報じてこなかった。

「目立つ記事が出たのはいずれも地方紙で、全国紙では朝日新聞が短い記事を少し出した程度です。もちろんテレビでも報道はありませんでした。やはり日本の慰安婦問題の報道は、01年のNHK教育テレビ(当時)のETV特集『問われる戦時性暴力』に中川昭一、安倍晋三からの圧力があったと報じられた頃から、ずっと腰の引けた状態が続いています。それに14年の朝日新聞の記事撤回が追い打ちをかけて、今となっては記事に書くこと自体が難しい状況になってしまいました」(山口氏)

 こうしたメディアの状況により、日本では慰安婦問題について歴史修正主義者の主張ばかりが目立つ状態が今も続いているのだ。だが日本軍の慰安婦問題は、この研究の第一人者の吉見義明氏(中央大学商学部名誉教授)が「女性に対する性暴力と、他民族差別と、貧しい者に対する差別が重なって起きた問題だと思います」と述べているように、今の日本社会が向き合うべき課題が多分に含まれた問題でもある。

 今回のラムザイヤー論文のような慰安婦問題の騒動についても、歴史修正主義者たちが広めてきた「韓国がまた何か騒いでるわ」といった態度で済ませることが日本人のデフォルトとなってしまえば、日本はさらなる人権後進国へ道を邁進してしまうだろう。

(取材・文/古澤誠一郎)

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