日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 『ウエスト・サイド・ストーリー』の問題

『ウエスト・サイド・ストーリー』極上の出来栄えと、残された問題

感じてしまったノイズと、それでも観てほしい理由

『ウエスト・サイド・ストーリー』極上の出来栄えと、残された問題の画像3
C) 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

 アンセル・エルゴートへの疑惑の真偽が明らかでない、作品の規模が大きく再撮影が容易ではないなどの事情も、おそらくはあるのだろう。だが、もしもそうだとしても、実際の『ウエスト・サイド・ストーリー』の本編にアンセルが出演していることは、筆者個人としては大きなノイズになってしまったというのも正直なところだ。

 何しろ、劇中のアンセルが演じるのは、過去に大きな過ちを犯し、さらにある出来事から「愛してはいけない男」になってしまう青年だ。現実のアンセルへかけられている嫌疑を省みると、彼が演じたことで「単純な善悪では推し量れない」はずの物語が欺瞞にさえ思えてしまう、彼を頑なに愛そうとするヒロインにも感情移入がしにくくなってしまったのだ。

 さらには、終盤ではある人物が性的暴行についての憤りを、はっきりと口にするシーンがある。前述したように差別や偏見、分断による悲劇が真摯に描かれている物語も、現実のアンセルへの嫌悪感とのハレーションを起こしてしまうのが悲しかった。

 しかも、本編ではアンセルは単独またはもう1人の俳優と共に出演している場面が多く、たくさんの俳優が歌って踊るシーンでの出演はごく少ない。あくまで素人目に観た印象にすぎないが、「アンセルの出演シーンを差し替えることは可能なはずだったのに」とも思ってしまった。

 何より、本編でのアンセルの熱演と歌声、役へのハマりぶりそのものが、掛け値なしに素晴らしいのだ。今はグループから離脱しているはぐれもので、複雑な内面を抱えており、笑顔を浮かべることもほとんどないというキャラクターを、アンセルは繊細な表情の変化で見事に表現している。だからこそ、過去の未成年の女性への性的暴行の嫌疑が、彼の俳優としての才能や努力に対しての最悪の裏切り行為だと、改めて許しがたく思えた。

 エンターテインメントの第一人者であるスティーブン・スピルバーグ監督が、このアンセルへの疑惑について「何も触れない」「何もしない」姿勢を貫いてしまったことも、大いに失望した。前述したように、その職人芸ならではの手腕が、ミュージカル映画でも遺憾無く発揮されていただけに、さらにもったいなく思える。

 とは言え、現実のアンセルへの嫌疑がノイズとなってしまった、物語とのハレーションを起こしていた、というのは個人的な印象にすぎない。人によっては気にせずに観られる、内容を変えずに公開してくれてよかったと思う方もいるだろう。

 現実でアンセルへの処分が何もなかったとしても、劇中の物語では性的暴行を許さないという意向があったと認識することも、有意義と言える。多数のスタッフやキャストたちが心血を注いだ、ミュージカル映画史上でもトップクラスの傑作がお蔵入りにならなかったことそのものは、肯定的に捉えるべきかもしれない。

 だが、そうだとしても、個人的にはせめて、公式に主演俳優の性的暴行への疑惑に向き合って欲しかった、内容を変えずに公開したとしても何らかの声明を出して欲しかったのだ。そうであれば、この映画をもっとフラットに評価ができた、今後の映画業界にもっと希望が持てたのにと、改めて悔しく思ってしまう。言うまでもなく、もっとも優先しないといけないのは、作品ではなく被害を受けた女性の精神面なのだが、この映画の関係者、そして当事者のアンセルは彼女へ十分に向き合ったのだろうか。

 もちろん、本作を観るかどうかの選択は自由。「未成年の女性へ性的暴行をした疑惑のある俳優の映画なんて観ることはできない」と思う方は、その気持ちも大切にしてほしい。一方で「作品に罪はない」と、現実の問題と映画内の物語を完全に切り離して観られるという方もいるはずだ。

 そして、アンセルの問題を知って観て、大いにノイズを感じてしまった筆者であっても、本作は観る価値が大いにあると思った、それほどに極上のミュージカルと物語による映画体験ができる作品であり、また実際に観ることで素晴らしい作品に強い禍根を残した性的暴行への疑惑が、改めて許し難いと認識できたのだから。エンターテインメントの今後を考えるという意義においても、この『ウエスト・サイド・ストーリー』を劇場で観てみてはいかがだろうか。

『ウエスト・サイド・ストーリー』
2022年2月11日(祝・金) 全国ロードショー
製作・監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー
作曲:レナード・バーンスタイン
作詞:スティーブン・ソンドハイム
出演:アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、 デヴィッド・アルヴァレス、 マイク・ファイスト、 リタ・モレノ
原題:WEST SIDE STORY
2020年/アメリカ/2時間37分
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
C) 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2022/02/13 19:00
123
ページ上部へ戻る

配給映画

トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • twitter
  • feed
特集

【4月開始の春ドラマ】放送日、視聴率・裏事情・忖度なしレビュー!

月9、日曜劇場、木曜劇場…スタート日一覧、最新情報公開中!
写真
インタビュー

『マツコの知らない世界』出演裏話

1月23日放送の『マツコの知らない世界』(T...…
写真
人気連載

山崎製パンで特大スキャンダル

今週の注目記事・1「『売上1兆円超』『山崎製パ...…
写真
イチオシ記事

バナナマン・設楽が語った「売れ方」の話

 ウエストランド・井口浩之ととろサーモン・久保田かずのぶというお笑い界きっての毒舌芸人2人によるトーク番組『耳の穴かっぽじって聞け!』(テレビ朝日...…
写真