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日刊サイゾー トップ > エンタメ  > ANNとJUNK「芸人ラジオ」の変遷

ANNとJUNK「芸人ラジオ」の変遷に見る、ニッポン放送の復活とTBSラジオの凋落

現「芸人ラジオ」の牽引者、オードリーのトークが異常に長い理由

“芸人ラジオのニュースター”として番組が紹介したのは、オードリーの若林正恭と春日俊彰だ。ANNスタートから13年も経過したのに“ニュースター”も何もないと思うが、彼らが今の深夜ラジオを牽引しているのは間違いない。

若林 「(ラジオの)こだわりっていうのは特にないんですけど、番組が始まった2009年からそれぞれのトークゾーンが設けられていて、『ラジオはそういうもんだ』と思っていたんですよ。コーナーに行かないで1時間20分くらいしゃべってたよねえ?」
春日 「いや、1時間半くらいじゃない? だって、いつも2時40分くらいまでしゃべってる(笑)」
若林 「『それぞれが週1本ずつトークを持ってくる』ということで、新人はみんなそうすると思ってたんですけど、それがずっと続くのは自分たちのこだわりじゃなく、ダマされたんだよね?」
春日 「『そういうもんだから』みたいな」

 オードリーをダマし、2人にフリートークを用意させた張本人は誰か? 伊集院とオードリーの“ラジオの師匠”、放送作家の藤井青銅だ。師の教えに従順だったため、ネタ探しに苦闘するオードリー。春日は現夫人(クミさん)とのセックスを1時間じっくり話し続けたし、トークネタを探すために若林は意味なくただの真っ暗な駅に降りて呆然としたそうだ。

若林 「(ネタが)ないときは、『情報解禁しないでください』って言われている番組のロケの話をしちゃう、知らないふりして(笑)。そうじゃないと話がないんですよ」
春日 「放送3時間前に(局に)入ってますからね。どの収録より入り時間が早いですよ(笑)。ラジオをやってる先輩に聞かれるんです。『本番のどれくらい前に入ってる?』『3時間くらい前です』『メールとかスゴい量があるの?』『いや、メール選びなんか全然してないです。話を作ってるんです』って。嘘はつけないから、1を100にする作業はしてますね」

 特に春日には、解禁前のエピソードをネタにする印象がある。それにしても、メールも選ばないのに3時間前の楽屋入りはスゴい。きっと、放送作家兼ブレーンのサトミツ(佐藤満春)と楽屋でしゃべり倒しているのだろう。

ラジオイベントが上手いニッポン放送、下手なTBSラジオ?

 続いて登場したのは、三四郎の小宮浩信の相田周二だ。彼らのANNの動線は妙だ。「2部担当→1部に昇格→2部へ降格」と、昇格と降格の両方を体験しているのだから。同じような現象は『アルコ&ピースのオールナイトニッポン』でも起こったが、なんにせよ前代未聞である。

 三四郎のラジオについて、伊集院はこう評価している。

「僕がANNの2部を始めたのは20歳だったんですけど、そのときに“戦友”と呼べる感じの放送作家が付いたんです。しばらく連絡を取ってなかったんですけど、その放送作家のSさんって人から『三四郎がいいんだよ!』って話がきて」

「売れてきた若手の子がラジオを始めると、『“今日、何も話すことないよな”ってダラっとしゃべることもラジオだ』みたいのが、悪い方に出るケースがある。でも、小宮君は『今日、(話すことが)なんにもないからラジオの前に激辛ラーメンを食べてきた』と。それが、どれだけ失敗したかっていう話をしている。『このスピリットの人は、絶対ラジオスターになる』って、Sさんは言ってて。彼はまったく人を褒めない人で、しかもこの人のラジオ眼を僕は信頼してるから、『そういうことなんだ』って」

 伊集院が信頼する「Sさん」とは、『伊集院光のANN』放送作家だった笹沼大のことではないだろうか?

「そのとき、『(三四郎から)伊集院に似たものを感じるんだよ!』って言ってくれたんだけど、ずーっと2部にいるあたりが僕とスゴい似ている」(伊集院)

 ラジオを続けるには、上層部へのアピールが必要。三四郎はファンを可視化するため、“番組ファンクラブ”を設立した。さらに、番組のファンイベントも開催した。ある種、ニッポン放送が実験するための先陣として、三四郎は重要なサンプルだ。

「ANN歌謡祭」を横浜アリーナで開催するナイナイ、武道館ツアーを成功させたオードリーを筆頭に、現在のラジオ業界は番組イベントが活発。実は、昔からある文化である。コサキンは88年に武道館イベントを開催したし、『松本人志の放送室』(TOKYO FM)も2003年に入場無料の武道館イベントを開催した。伊集院もラジオイベントは経験済みである。

「バブルのときはラジオイベントがいっぱいあったんです。規模がメチャクチャなの。俺、東京ドームでラジオイベントをやったことがありますもん。来たゲストも豪華で、ブルーハーツがライブやったりしましたから。で、景気が悪くなっていくと、リスナーの力を借りて『ちゃんとお金を循環させたい』という意識もできるから、イベント数が増えていったんでしょうね」(伊集院)

 ラジオほど、景気が直撃するメディアはめずらしい。そして、この手のイベントはTBSよりニッポン放送の方が上手な印象がある。というか、ラジオ以外のメディア(イベント、ポッドキャスト等)活用は、圧倒的にニッポン放送に分があるイメージだ。

 今後、リアルタイムでラジオを聴く機会はますます減っていくだろう。radikoはもちろん、YouTubeなどの動画サイトはすでに無法状態。憂いているのではなく、こういった割り切りも含め、ラジオは復活したのだと思う。おそらく、局もあえて黙認しているような気さえする。現在進行形のラジオ番組だけでなく、終了した過去のラジオ番組もYouTubeでの物色は容易い。

ちなみに、筆者が人生のフェイバリットに挙げる“芸人ラジオ”は、『今田耕司&東野幸治のパックインミュージック21』(TBSラジオ)。『今田耕司・東野幸治のCome on FUNKY Lips!』(文化放送)はよく見るが、パックの音源は動画サイトでも見たことがない。誰か、アップしてくれないだろうか? いや、よく考えると違法なのか。なんにせよ、ラジオ体験のフォーマットは今後もどんどん変わっていくのだろう。

 

寺西ジャジューカ(芸能・テレビウォッチャー)

1978年生まれ。得意分野は、芸能、音楽、格闘技、(昔の)プロレス系。『証言UWF』(宝島社)に執筆。

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最終更新:2022/05/31 20:00
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