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ANNとJUNK「芸人ラジオ」の変遷に見る、ニッポン放送の復活とTBSラジオの凋落

『ナイナイのANN』は「怖くて聴けない」

 今特集は、「オールナイトニッポン」と「JUNK」を対比する形で進んでいった。まず取り上げられたのは、『ナインティナインのANN』である。

 彼らのANNがスタートしたのは1994年。1部に昇格したのは同年7月で、95年4月に終了した『ウッチャンナンチャンのANN』と“芸人ラジオ”リーダーの座を綺麗にバトンタッチした印象がある。

 かれこれ、28年。長い歴史だ。1部昇格時、木曜ANNの前任者だった福山雅治ファンから「ましゃを返して!」と叫ばれていた件を考えると、より感慨深い。歴史が長いということは、ANN迷走期を支えた功労者でもあるということ。ちなみに『アンタウォッチマン』司会のアンタッチャブルは、『ナイナイのANN』と同時間帯に「JUNK」で『アンタッチャブルのシカゴマンゴ』を担当していた。

 長い歴史の中で、ナイナイも歳を重ねた。当然、人は変わる。何が変わったかというと、2人からは毒舌が減った。番組開始当初、殺人的なスケジュールのせいでフラストレーションが溜まっていたナイナイからは、わかりやすく人の悪口が多かった。それはそれで、“密室感”が売りの深夜ラジオの魅力だったと思う。ナイナイの毒が薄まった要因は、やはりネットニュースだろう。コロナと性風俗をめぐる岡村の炎上騒動は記憶に新しいが、初期の彼らの無秩序さはその域ではなく、ナイナイの暴言はリスナーとの共犯関係の中で当たり前のように埋もれていくしかなかった。もう、アップデートが必要な時代ということだ。

 今回の特集にゲストとして登場した伊集院光は、『ナイナイのANN』についてこうコメントしている。

「(『ナイナイのANN』は)怖くて聴けないんだよ……。評判のいい人のラジオを聴くと絶対感化されちゃうから。むしろ、初めてやった人のラジオは聴けてもナイナイはちょっと聴けないかな」

「2部で始まったって言ってるけど、周りの人間からしてみると『すぐに1部に行くんだろうな』『とりあえず練習させてあげたい』っていう空気。その時代のトップの、メチャメチャ来てる人がANN始めた感じなの。自分たちは叩き上げだから『負けたくない』っていうのもあるんだけど、今考えるとナイナイは異常なスケジュールの中でラジオをやってた。あのスケジュールの中、よほどのことがない限り『生放送でやる』って決めて。この年月、ずっとスターのまま、クオリティの高いラジオをハードスケジュールでやり続けているのは、ちょっとヤバい」

「自分は叩き上げだった」と回顧した伊集院。『ナイナイのANN』スタート時、彼は同じニッポン放送で月~金の帯の『伊集院光のOh!デカナイト』を担当していた。テレビ露出もまだ少なかった、当時の伊集院。特にANN(水曜2部→金曜2部)パーソナリティだった頃の彼は「ギャグオペラ歌手」なる偽りの身分を自称しており、筆者は本当に「伊集院光はオペラ歌手なのだ」と信じ込んだものだ。

 ANNの冨山雄一プロデューサーも、ナイナイについて語っている。

「ナインティナインの楽屋にはいつも毎週、ハガキが積まれています。岡村さんがネタハガキを見るために何時間も前に局に入り、一つひとつのネタに目を通し、『どういう言い回しで読むと1番リスナーに届くか』、『ここにBGMが入った方がいいのか?』、『どの順番で読むか?』など、かなり細かく打ち合わせされています」

 真面目すぎるほど真面目。野暮なことを言うと、岡村が一時休業してしまった理由がこの姿勢には表れていると思う。ラジオ界随一と言っていいほど、ハガキ職人のレベルが高い番組だ。その意気に岡村も応えたいのだろう。

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