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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.695

女性視点で描かれた戦争の恐怖『戦争と女の顔』 消えることのないPTSDの苦しみ

共依存のように暮らす2人の女性帰還兵

女性視点で描かれた戦争の恐怖『戦争と女の顔』 消えることのないPTSDの苦しみの画像2
帰還兵であるイーヤとマーシャは、お互いの苦しみを分かち合うことに

 街は次第に賑わいを取り戻しつつあったが、イーヤの中ではまだ戦争は終わっていなかった。時と場所を選ばず、イーヤは発作を起こし、しばしば意識を失ってしまう。重いPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされていた。

 心の傷を抱えるイーヤにとって、いちばんの支えとなっているのは戦友のマーシャから預かっている男の子・パーシュカ(ティモフェイ・グラスコフ)だった。パーシュカと一緒に過ごす時間だけは、戦争のつらい記憶を忘れることができた。包囲戦によって食料が欠乏し、飢餓状態に陥ったこの街から、動物たちは姿を消してしまっていた。幼いパーシュカは、まだ犬を見たことがない。そんなパーシュカの世話を焼くことが、イーヤにとっての幸せだった。

 ある日、犬の鳴きまねを覚えたパーシュカと戯れていた際に、イーヤは突然耳鳴りに襲われ、発作を起こしてしまう。イーヤはパーシュカの上に覆いかぶされるようにして、意識を失ってしまった。気がついたときには、パーシュカは息をしていなかった。自分にとって唯一の生きがいとなっていた戦友のひとり息子を、自分の過失によって死なせてしまった。二重のショックに、イーヤは苦しむことになる。

 遥かベルリンまで長期遠征していたマーシャ(ヴァシリサ・ペレリギナ)が、ようやくレニングラードに帰ってきた。マーシャは息子のパーシュカが死んだことを知るが、イーヤを責めようとはしなかった。あまりに多くの死を間近に見てきたために感覚が麻痺してしまっているのか、親友イーヤのことを気遣っているのか、そのところは定かではない。ひとりの人間の命が軽く扱われていることが、何よりも恐ろしい。

 イーヤだけでなく、マーシャもやはりどこかおかしい。一見すると若くて魅力的に映るマーシャだが、戦時中の体験が原因で子どもが産めない体になっていた。マーシャは、死んだパーシュカの代わりの子を産めとイーヤに迫る。親友の頼みを断ることができず、イーヤは軍病院の院長・ニコライ(アンドレイ・ヴァイコフ)をベッドへと誘う。ひとりでは心細いと、マーシャもベッドに入るように懇願するイーヤだった。

 3人の男女が同衾する様子は、平穏な社会で暮らす自分らにはアブノーマルな性行為に映る。だが、心の傷を抱えるイーヤもマーシャも、今を生きるためにただ懸命なだけだった。理性的な院長のニコライにも、断れない事情があった。共依存のように暮らす女たちの姿が描かれる。

 イーヤがなぜPTSDになったのか、具体的なエピソードが描かれることはない。戦時中の回想シーンが挿入されることもない。でも、カンテミール監督が戦争シーンを描かなかった理由は、よく分かる。カンテミール監督が戦争シーンを再現しなくても、リアルな戦争の映像はテレビやネット上に溢れ返っているではないか。

 マーシャが軍隊でどんな役割を負っていたのかは、映画の後半で明かされるが、誰もマーシャを責めることはできない。マーシャは彼女なりのやり方で、戦争の前線を最後まで生き抜いたのだ。(2/3 P3はこちら

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