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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.695

女性視点で描かれた戦争の恐怖『戦争と女の顔』 消えることのないPTSDの苦しみ

国外への脱出を余儀なくされたカンテミール監督

女性視点で描かれた戦争の恐怖『戦争と女の顔』 消えることのないPTSDの苦しみの画像3
マーシャは生きるために、裕福な家庭で暮らすサーシャとの結婚を考える

 PTSDという疾病は、1980年にアメリカ精神医学会に認められ、一般に広まっていった。ベトナム戦争や中東からの帰還兵の多くがPTSDに苦しんでいることが、『マイ・ブラザー』(09)や『アメリカン・スナイパー』(14)などのハリウッド映画ではたびたび描かれてきた。

 当然だが、太平洋戦争後の日本でも、心の傷を抱えた人たちは多かったはずだ。日本映画界の名匠と呼ばれる小津安二郎監督は、およそ2年にわたって日中戦争に従軍していたことが知られている。毒ガス部隊に所属していた。戦前は軽快なコメディを得意としていた小津監督だったが、戦後は作風がまったく変わってしまった。静謐な小津作品だが、小津監督の分身でもある登場人物たちは心に修復しがたい歪みを抱えている。戦争体験が、名匠に与えた影響は計り知れないものがある。

 逢坂冬馬のベストセラー小説『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)の主要参考文献にもなっている『戦争は女の顔をしていない』の後半に、ひときわ印象に残るコメントが記されている。

【戦争中、どんなことに憧れていたか分かりますか? あたしたち、夢見ていた。「戦争が終わるまで生き延びれたなら、戦争のあとの人々はどんなに幸せな人たちだろう! どんなにすばらしい生活が始まるんだろう。こんなにつらい思いをした人たちはお互いをいたわりあう。それはもう違う人たちになるんだね」ってね。そのことを疑わなかった。これっぽっちも】

 ひとりの衛生兵は、戦後生まれのアレクシエーヴィチにそう語った。だが、戦争が終わり、郷里に帰ってきた彼女たちを待っていたのは、夢見ていた理想の社会ではなかった。戦場を体験した女性兵たちに対する、世間の冷たい視線だった。彼女たちは何のために戦ったのだろうか、仲間たちは何のために命を落としたのだろうか。

 本作は2019年に製作されたロシア映画だが、ウクライナに近いカバルダ・バルカル共和国出身のカンテミール監督は、ロシア軍のウクライナ侵攻後、国外へ脱出したそうだ。今のロシア圏では、戦争に異議を唱える作品をつくることも上映することもできない。

 戦争は女の顔をしていない。戦争は人間の顔もしていない。戦争は人間を感情のない殺人兵器に変えてしまう。肯定されるべき戦争は、どこにも存在しない。

 

『戦争と女の顔』
原案/『戦争は女の顔をしていない』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
監督・脚本/カンテミール・バラーゴフ 共同脚本/アレクサンドル・チェレホフ
出演/ヴィクトリア・ミロシニチェンコ、ヴァシリサ・ペレリギナ、アンドレイ・ヴァイコフ、イーゴリ・シローコフ、コンスタンチン・バラキレフ、クセニア・クテボワ、ティモフェイ・グラスコフ
配給/アット エンタテイメント PG12 7月15日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
©Non-Stop Production, LLC, 2019
dyldajp.com

最終更新:2022/07/14 20:00
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