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ユーミン特集『関ジャム』結婚後、人気急降下でも「荒井由実を超える!」モチベーションと復活

ユーミンの都市伝説「ファミレスで女子高生の会話を盗み聞きして歌詞にする」

 番組が振り返るユーミンヒストリー、続いては1977~1988年の昭和後期編だ。

 筆者がリアルタイムでユーミンを認識したのは、この時期である。こんなふうに当時の楽曲を聴いていくだけで、たまらない気持ちになる。年に2枚のアルバムを発表するハイペースを保ったまま、バブルに向けて売上が膨れ上がっていく様は奇跡を見ているよう。88年発表「リフレインが叫んでる」の「どうして、どうして」というフレーズは、老いも若きも皆が真似したものである。石橋貴明も『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ系)で歌いまくっていたし。

 特に78年リリース『流線形’80』以降は、若者文化に寄り添ったポップ路線に回帰していったユーミン。前述のとおり、「恋人がサンタクロース」ではクリスマスを、「サーフ天国、スキー天国」ではスキーを、「ダイアモンドダストが消えぬまに」ではスキューバダイビングを題材にしている。「ファミレスに行き、女子高生の会話を盗み聞きして歌詞のネタにする」というユーミンの都市伝説も存在するが、さもありなんだ。

 盗み聞きではないが、実体験をベースにした楽曲だとかねてより本人が明かしているのは、82年発表「真珠のピアス」。ファンレターに書かれた女性の実体験を元にしたそうだ。

Broken Heart 最後の夜明け
 彼のベッドの下に片方捨てた
 Ah……真珠のピアス

 歌詞のとおりである。失恋した女性が腹いせにピアスの片方を彼のベッドの下に捨ててきた、という逸話が下敷きになっている。江崎はこの曲を取り上げ、「歌詞が緻密すぎて怖い」とコメントしたが、ファンの実体験なのだから緻密に決まっている。

ユーミンが復活を遂げた要因は“薬師丸ひろ子人気”?

 常田からは、ユーミンにこんな質問が。

「荒井由実から松任谷由実になったことで、作品づくりにおいての変化はありましたか?」

 ユーミンにとって、今まで幾度となく聞かれた質問なのだろう。彼女の回答は明瞭だった。

「自分で言うのもなんなんですけれど、すごいブームだったんですよ、荒井由実が。でも、結婚した途端、潮が引くように人気も落ち、動員も落ち(苦笑)。なんか、逆に開き直って模索しだしましたね。前やってたことはいったん忘れて、再出発みたいな気持ちにもなりました」

「ショービズってまず名前なんだ、っていうことに気付かされました。松任谷由実になって、地方のポスターに『“元”荒井由実』とか書いてあるんです。ちょっとした加勢大周状態(笑)。でも、それがモチベーションにもなりました。音楽的な雰囲気も含めて、『荒井由実を絶対超えるんだ』っていう。心の底ではずっと思ってました」(松任谷)

 事実、ユーミンにはオワコン化寸前の時期があったらしい。

「僕が1番最初に参加した1980年のツアーっていうのは、地方の会館とかでは2階はお客さん入ってなくて、幕を下ろして(その席を隠した)」(武部)

 そんな状況を脱し、復活を遂げた契機は81年リリース「守ってあげたい」のヒットである……いや、正確に言うと、81年公開の角川映画『ねらわれた学園』のためにユーミンが書き下ろし、主演の薬師丸ひろ子が歌った「守ってあげたい」のヒットでユーミンは再浮上した。当時の薬師丸人気がユーミンを救った事実は、確実にあったはずだ。

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