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マンガ評論家・伊藤剛氏に聞く!

『GTO』も敵が… カルト教団を描いたマンガが増えている?「カルトは説明不要な悪」

ふみふみこ『愛と呪い』ほか宗教2世のマンガが訴える家族とのいびつな関係

 まず、カルトの定義を整理しておきたい。ラテン語で「崇拝・礼拝」を指す「cultus」から派生したこの言葉は、元来「儀礼・祭祀」を意味する宗教用語だった。もとは批判的なニュアンスは含んでいなかったが、20世紀に入ると状況が変わる。主にアメリカ合衆国で、伝統的なキリスト教の教義を踏襲しない宗派を指す呼称として使われ始め、やがては人々の信仰心を利用して反社会的な行為(霊感商法で不当に財産を奪う、マインドコントロールや洗脳を行う、テロを行う等)に手を染める集団を指すようになった。

 そんなカルトが、マンガにおける敵やテーマとして用いられる理由として、「説明不要な悪であるため」と伊藤氏は指摘する。

「近年の傾向としてカルトを扱うマンガが増えているかどうか。これはなんともいえません。現在のマンガ産業はチャンネルが膨大で、新作が凄まじい速度で発表されている。だから『こういうマンガが増えている』といった診断は、専門家でもくだしづらいのです。しかし、エンタメにおいてカルトという題材が定常的に扱われてきたのは確かでしょう。多くの場合、敵として。さしあたり話の対象をフィクションの『物語』に限っておきますが、読者が『カルト=悪』というのを、説明されずとも了解できるからです。この等式はオウム事件以降、とくにはっきりしたと思われますが、以前から社会に根ざしたものでした」(伊藤氏)

 問題は、なぜ「カルト=悪」という図式が成立するか、というところだろう。伊藤氏によると大きく3つの要因が考えられる。まずそのひとつは、カルトは「個人の自主性や自発性を侵害するもの」であるためだ。

「17世紀に端を発する市民革命が人権という概念を生んで以来、個人の自主性や自律性を至上の価値であるとみなす信念が、日本を含む西洋文明圏では強固に共有されています。カルトは人を洗脳したり、選択の幅が狭い境遇に追いやったりすることで、その人の信念や価値観に変更を加えようとする。それは自主性・自律性の抑圧ともいえる。私たちが至上と考える価値を侵犯する行為ととらえられる。そこに恐怖を感じるのです」

 また、カルトが世間を騒がせるとき、その出来事は「家族」とセットで語られることが多い。山上の犯行動機が“母親の旧統一教会への傾倒”だったのは典型的な例だ。家族は人が生きるうえで最も身近な単位であるからこそ、その在り方や成り立ちに介入し、変質させてしまうカルトに対し、恐怖心や不快感が生まれる。これが2つ目の要因だ。

「多様性の大切さが叫ばれて久しい昨今、家父長的・伝統的な家族の形を疑問視する立場はむしろ進歩的なものと考えられています。しかし、妊娠するのは女性であり、人間の赤子の養育には10年以上の年月が必要となるという生物学的な条件を考慮すると、やはり家族は人間の共同体の基本的な形のひとつといえます。たとえば、ふみふみこ氏の『愛と呪い』(新潮社)といった作品は、そんな家族とカルトの関係を考える手がかりを提供してくれます」

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『愛と呪い』(ふみふみこ/新潮社)

『愛と呪い』は、ふみふみこ氏の半自伝的な作品とされる。主人公の「愛子」は、物心ついた頃から父親から性的虐待を受ける。家族たちは宗教にのめり込み、愛子を助けない。「信仰心は決して救いになどならず、呪いを植え付けるだけ」という痛烈なメッセージが込められた話題作だ。

「作者がインタビューに答えている記事で、冒頭のあたりに『宗教をテーマに、孤独に押しつぶされそうなひとりの少女の闘いを描いている』という記述があるのですが、次の段落でまず言及されるのは父の性的虐待など、家族の話。事実、カルトの害が具体化するのは、家族との関わりからであることは多い。家族との関係は強固なものであるからこそ、そこにカルトが介入すると抗い難い力を持ってしまう。カルトの家庭で生まれ育ったら、日々の行いに疑いを抱く余地がないのはいい例です。近年、宗教2世のエッセイマンガが数多く生まれ、注目が集まっているのも、こうした構図が背景にあるからではないでしょうか」

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『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)

 国民的人気マンガとなった『鬼滅の刃』(集英社)にも、カルト的な教団が描かれたことがあった。主人公らが所属する鬼滅隊の宿敵「鬼」。その精鋭集団「上弦の月」のナンバー2・童磨は、万世極楽教という新興宗教の教祖だ。敵味方問わず魅力的・印象的なキャラが多い同作でも、童磨の外道ぶり・悪辣さは抜きん出ており、読者に強烈なインパクトを残した。

 だが童磨の人気に、新興宗教の教祖という肩書きはあまり関係がない。童磨のキャラ、つまり性質が彼の人気の源泉だが、これこそ人がカルトを悪と見なす、3つ目の要因であるという。

「童磨は感情が『ない』ように見える点が重要です。発するセリフはすべて、感情をエミュレートしたもののようですよね。常に台本を読んでいるような、空虚な存在であり、誰にも共感することがない。ほかの『上弦の月』の鬼たちは基本的に悲しい過去を背負っており、鬼滅隊の面々と紙一重の存在。童磨だけが例外なのです。

 マンガは感情のエンターテイメントといわれます。これは読者の感情を揺さぶるというだけでなく、マンガの内容自体も感情で構成されているということ。精神科医・斎藤環氏は、マンガには感情しか描かれていない、感情以外のものを描いているマンガがあるのか、という旨のことをいっています。これを前提とすると、なぜ童磨があれほどまでに作中で異質な存在として映るのかがわかる」

 この感情がない者に対する違和感は、一般の人がカルト信者に対して抱く感覚と通ずるものがあるはずだ。カルト信者に感情がないと言っているわけではない。しかし、彼らが歓喜や幸福、悲しみを抱くとき、土台となっているのは一般人とは異なる価値観、すなわちカルトの教義だ。共感するのが難しく、一般人の視線からすると感情が抑圧されているように見えたり、自分とは異なる感情のない生き物に見えたりすることもありえる。

 自主性、家族、感情。いずれも人が生きる上で根本的かつ重要な要素だ。だからこそ、それに介入して変質させるカルトは、時代が移り変わっても一定の普遍性をもつ脅威であり、「悪」のアイコンとして扱われているのかもしれない。一方で、伊藤氏は「カルト的なものを完全に否定すると社会はおそらく成立しない」とも指摘する。

「『カルト=悪』という構図は、多くの人が説明不要で理解できるものですが、エンタメの敵として使いやすいかどうかはまた別の問題です。『自主性を失わせるものとしての悪』という画一的な描き方になってしまうことが多い。また、カルトに入信していなくても、私たちは社会生活を送る上で自主性に対する制約に直面することがありますね。ときにはそうした制約があるからこそ、なんとか成立することだってあるわけです。

 例えば、夫婦関係。同じパートナーと生涯添い遂げるというシステムは、個人の自由を最大化しようとすると、都合の悪い部分があることに気付きます。しかし、全員が離婚するわけではない。生涯を通じて愛情が冷めない夫婦もいるでしょうが、多くの場合、『子供を育てなければならない』というような制約が歯止めになって、夫婦関係が続いたといった例はわかりやすいかもしれない。何度となく離婚話もあった夫婦が、高齢になったら仲良く暮らしているというような。子供からみて『いろいろあったけど、いまはなんかいいな。このふたりは、別れなくてよかったな』と思うような話ですね。本人たちに伝えると『そんなことはない』とユニゾンで反論されたりするそうですが(笑)」

 カルトを巡る議論への注目が高まっている現在。信仰心や射幸心を悪用した詐欺紛いのビジネスや人権侵害は追及されてしかるべきだ。他方で、カルトの悪を問うとき、そこには「社会をよりよくするために、自主性はどの程度・どのような形まで保証されるべきなのか」という問いがコインの裏表のように付いてくる。科学技術やライフスタイルが瞬く間に変容していく現代、この問いもまた議論を深めるべき時期だ。

(伊藤剛・いとうごう)
マンガ評論家、鉱物愛好家、東京工芸大学マンガ学科教授。1967年名古屋市生まれ。名古屋大学理学部卒業。NTTデータ退社後、浦沢直樹のアシスタント、マンガ家活動を経て文筆の道に入る。著書に『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』(星海社、2014年)『鉱物コレクション入門』(共著、築地書館、2008年)『マンガメディア文化論』(共著、水声社、2022年)など。現在は執筆活動も継続しつつ、大学教員として多くのマンガ家を世に送り出している。

小神野真弘(大学講師・ジャーナリスト)

ジャーナリスト。日本大学藝術学部、ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院修了。朝日新聞出版、メイル&ガーディアン紙(南ア)勤務等を経てフリー。貧困や薬物汚染等の社会問題、多文化共生の問題などを中心に取材を行う。著書に「SLUM 世界のスラム街探訪」「アジアの人々が見た太平洋戦争」「ヨハネスブルグ・リポート」(共に彩図社刊)等がある。

Twitter:@zygoku

最終更新:2022/11/02 10:36
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