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歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『どうする家康』五徳姫の「信長に言いつける」は9年後に起こる悲劇の伏線?

五徳姫は家康に協力して信康・瀬名を告発した?

『どうする家康』五徳姫の「信長に言いつける」は9年後に起こる悲劇の伏線?の画像2
成長後の五徳(久保史緒里)| ドラマ公式サイトより

 五徳姫から父・信長に、信康と築山殿の不品行を告発した書状が届いたとされるのが天正7年(1579年)のことだったとされますが、実物は現存せず、告発時期も明らかではありません。この時期になると、さすがの家康も息子・信康を放置できなくなっていたようです。

 「家康が浜松城から、五徳姫と信康の仲直りのために来た」と考えられる記述を家康の重臣・松平家忠が残しています(『家忠日記』、天正七年六月五日条)。「考えられる」としたのは、この該当箇所の紙が破損しているためで、「御○○の中(=仲)なおしニ」としか読めないからです。「御○○」の欠落した文字が、信康の正室という意味の「御新造」ではなく、徳川家の親戚筋を指す「御一門」であった可能性も否定はできません。しかし、多くの史料で不仲が言及されていることを考えると、信康夫妻に関する単語が入ると考えるのが自然ではないでしょうか。

 五徳姫の告発状が送られた時期については、築山殿殺害が8月、そして信康自害が9月だったことを考えると、7月くらいだと考えられます。

 しかしその内容は、五徳姫が父・信長に対し、夫や義理の母親を糾弾する内容を10もしくは12箇条にまとめたもので、当時の女性が送る手紙としては不自然な形式でした。この糾弾の背景には家康の指図があったのではないかと筆者が考える所以はここにもあります。この告発状は、その「箇条書き」という性質から、家康が書いたもの――少なくとも家康がその原案を用意したものだったのではないでしょうか。

 家康が信康を嫡男から降格させなかった理由については、先述の通り、信長の娘である正室・五徳姫のステイタスを守るためであり、すなわち彼らの結婚が象徴する「清洲同盟」のために、傷をつけるわけにはいかなかったと筆者は考えています。

 であるならば、なぜ家康は、信康が告発され、死に追いやられることを許したのでしょうか。そこで気になるのが、信康(そして築山殿)が武田家と内通していたという告発内容です。武田家は織田・徳川両家にとっての宿敵であり、その敵と内通していたのが真実だったのなら、話は大きく違ってくるわけです。そしてそれは、家康が密かに望んでいた信康断罪の口実となりえました。

 信康や瀬名が武田家と内通しているのが事実であり、そのことにまず勘付いたのが五徳姫なら、最初に相談した相手は、信康の父であり瀬名の夫である家康だったのではないでしょうか。それが先述した、「家康が五徳姫と信康の仲直りのために来た」と書かれていたとみられる『家忠日記』の「天正七年六月」のことで、家康と対面したときに五徳姫が打ち明けたのかもしれません。

 五徳姫が結果的に信長に告発することになったのは、このとき家康からそうするよう指示されたからだと思われます。そうすれば、「敵と内通していた」という大義名分でもって家康は問題の多すぎる嫡男・信康と築山殿を堂々と断罪できますし、五徳姫もつらい結婚生活から晴れて解放されることになります。内通者の処分になるわけですから、姫にも傷がつかないでしょう。この家康の「提案」に、彼女も乗るしかなかったのではないでしょうか。天正7年6月に五徳姫が家康に相談し、告発状が7月頃には信長のもとに届いて、断罪された瀬名姫と信康はそれぞれ8月と9月に亡くなった……というわけです。

 そして筆者の推理を裏付けるかのように、家康は後年、五徳姫に対し、理由のわからない厚遇をしています。信康の死後の五徳姫は、彼との間に生まれた二人の娘を徳川家に残し、岡崎城から現在の近江八幡市あたりに居住しました。最初は信長や兄弟たちから保護を受けられていたようですが、織田家は次第に没落していきます。しかし、江戸時代になってから、五徳姫は家康の四男・松平忠吉(当時、尾張国清洲城主)から1761石の所領を与えられ、庇護下に置かれることになったのです。松平忠吉は、五徳姫にとっては系図上の義弟ですが、彼に所領を義姉へ贈る義理はなく、その裏に父・家康の意思が働いていたと見てよいでしょう。

 通説どおり、家康が本当に信長の命令で泣く泣く築山殿と信康を殺さねばならなかったのであれば、その直接的な原因となった告発状を送った五徳姫を、信長亡き後に優遇することは考えられません。逆に考えれば、後年も所領を与えるほどに、史実の五徳姫は家康からの信頼を得ていたのではないでしょうか。

 ドラマでは、乃木坂46現役メンバーの久保史緒里さんが成長後の五徳姫を演じるようで、「気が強いが、心根は優しい」「徳川家になじみ、幸せに暮らしていたが、信長からある密命を受けたことで、数奇な運命に巻き込まれる」と説明されていることから、信康・瀬名の事件についてもドラマ独自の解釈がなされることになりそうですが、どのように描かれるのか、興味深いですね。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/04/08 11:00
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