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連載「クリティカル・クリティーク」VOL.13

「w.a.u以降」のR&B―露出に頼らぬ自律性で真価を示す歌い手たち

「w.a.u以降」のR&B―露出に頼らぬ自律性で真価を示す歌い手たちの画像1
Reina『You Were Wrong』

 2023年2月、1枚の強烈な作品が公開された。Reinaという新人シンガーの『You Were Wrong』と名付けられたそのアルバムは、雑然とした部屋の一角で撮られたアートワークがぶっきらぼうな印象を与え、緊張と緩和がぎりぎりのところで成り立っているようなバランスを見せる。

 トラックは90年代R&Bのフィールを的確に捉えており、エリカ・バドゥなどネオソウルの空気感も継承しているようだ。脱力的だが芯の強さを感じさせる歌唱、太くスムースに鳴るボトムが強調されたサウンドは、確かなクオリティを放つ。けれども、「How Cute」や「Luxury」といった、いかにもR&Bらしいタイトルのもと綴られるリリックはいささか抽象的であり、そうこうしているうちに「Do The Thing」では盛大に宇多田ヒカル「Automatic」へのオマージュが捧げられ混乱を呼ぶ。

 一体、この素晴らしく奇妙なセンスは何なのだろう。エラ・メイやジョイス・ライスなど、90’s R&Bの再解釈を推し進めるシンガーは最近増えていたものの、この塩梅は初めてかつ唯一無二のものである。

reina「How Cute」

 あるいは、クラブミュージックライクなビートの断片を散りばめながら、これもまた90年代のR&Bのリズムを披露するシンガー・Sagiri Sólが、昨年から次々とドロップしている曲群も聴き逃すわけにはいかないだろう。

 特に「秘密」は、その跳ねたリズムとアンニュイなメロディラインがとある90’sヒット曲のパロディのようにも聴こえ、しかし単なるパロディで片づけられないほどの凝った細工が随所で光っている。

 アリ/ナシの境界線のキワキワを攻めるこの絶妙なさじ加減は、リファレンスに対する高い解像度での処理能力が作家陣に備わっていることを証明している。

Sagiri Sól「秘密」

 昨今話題を呼んでいる、さらさ『Inner Ocean』の一部のナンバーや「Amber」といった曲も同様だが、それらを手がけているクリエイター陣こそが、今もっとも噂を呼ぶクリエイティブコレクティブ兼レーベル〈w.a.u〉の面々である。

 プロデューサー/アーティストのKota MatsukawaやReo Anzai、01sail、Raylowgh Anno等を擁するこのコレクティブは、90s~00sのR&Bやダビーなエレクトロミュージック、さらにはソウルフルなJ-POPのサウンドを忠実に再現しつつ絶妙にブレンドしていくニュー・ノスタルジックな作風によって、2020年代国内R&Bシーンの台風の目となりつつある。

 没個性と個性の間のぎりぎりを、針の穴を通すような塩梅で刺してくるのが、このコレクティブの特徴のように思うが、特にKota Matsukawaは女性アーティストのプロデュースに積極的に関わっており、ほかにも安次嶺希和子やおかもとえみといったシンガーとも共作経験がある。

「w.a.u以降」という時代のうねりが可視化されつつある今、この波がシーン全体にどのような形で影響を与えていくのか、私はやや緊張感を抱きながら追いかけている。

さらさ「Amber」

 というのも、近年の国内シーンはなかなか〈R&B〉というカテゴリー自体では注目されにくかったものの、アーティスト単位では非常にバラエティ豊かな才能を揃えてきたからだ。オーセンティックなジャンル性を継承しながら王道のR&Bの豊かさを確かな歌唱で伝えるシンガーたち――中堅のNao Yoshiokaから、昨年傑作『Chosen One』を作り上げたaimi、VivaOlaとも繋がるSincereまで――は良質な作品をリリースし続けているし、対してポップス畑に近いところでもXinU、CELINA、大比良瑞希、NEMNEといったニューカマーが続々現れ、ストリーミングのプレイリストを沸かせている。

 もちろん、同様の領域ではJASMINEからiri、RIRI、MALIYAといった一~二世代前の実力者たちがいまだにリリースペースを落とすことなくエッジの立った曲を出し続けている状況もある。

 少し離れたコミュニティでは、E.sceneやHannah Warmといったジャズやフュージョン、ファンクの要素をハイセンスに取り入れる新世代が現れている動きも見逃せない。篠田ミルをプロデューサーに迎えたMay.Jの『Silver Lining』や、先日ついに全貌を明らかにしたLMYKの『DESSERTS』など、アンビエントの要素を効果的に反映した作品もいくつかあった。

E.scene「About me」

 つまり、コアの部分をしっかりと守りながら変化を遂げている演者がいる一方、隣接する異なる音楽性を取り込みながらR&Bの可能性を拡張させる面々も揃えているという点で、メディアの過度な関与がなくともジャンルとしての自律性を保っているのが近年のR&Bというわけだ。

 そこに、一風変わった才能であるコレクティブ〈w.a.u〉が入り込んでくることで、シーンの力学がいかなる方向へ動いていくのかが興味深く、目が離せないのである。

 もっとも、現在の勢力図を生んだ動きのひとつとして、昨年からEBISU BATICAで行われている若手R&Bアーティストのパーティ「Floating」の存在は語られて然るべきだろう。それこそSincereからE.scene、Hannah Warm、reinaなどアップカミングなシンガー/バンドらが出演してきた企画として、現在のシーンの勢力図をそのままに反映している絶妙なラインナップが続いている。

時代の潮流に飲み込まれない独創的なアートフォーム

 ところで、〈ラップと女性〉というテーマで執筆しているこの連載において、なぜ唐突に現在の国内R&Bシーンの概況を論じはじめているのか遅ればせながら補足したい。

 実は、先述した動きを前提としたうえで、ラップの影響も感じさせるような独創的な歌唱を披露する歌い手が出現している動きもあるからだ。傑出した才能として、ここでは2名を挙げよう。

 まずは天性のかすれた声とリズム感を持つMoMo。最小限の音の中で抑制した歌の魅力を展開する能力に秀でているが、特に「Faces」や「Bitter」、「Got It All」といった曲では、トラックの隙間にインパクトのあるワードを置いていく技術が常人離れしている。SSWとして曲制作も行っているからこその作法であり、この才能は他に類を見ないのではないか。そして、MoMoもまたEBISU BATICA「Floating」への出演経験がある。

MoMo「Got It All

 もうひとりが、Tokyo Gal。もともとラッパーとしての動きは多くのリスナーが知る通りだが、今年の2月にリリースしたアルバム『Flash Back』では、むしろR&Bをベースにラップを放り込むスタイルがこのシンガーの長所をもっとも引き出すのではないかと思わせる充実作だった。

「逸話」でのラップと歌を並列に披露するスタイルも素晴らしいが、「GONE」では、ラップを進めていくうちに感情が高まり歌へと飛躍してしまう姿もおさめられている。ラップをメロウな形に寝かせることで歌と化すような不思議なフロウを見せる場面もあり、このシンガー/ラッパーの未完の才能を感じ惚れ惚れしてしまう。

Tokyo Gal「GONE

 SZA『SOS』のロングヒット以降、妖艶な魅力を込めたカリ・ウチスの『Red Moon In Venus』や官能的でドリーミーなサブリナ・クラウディオ『Archives & Lullabies』、クラブサウンドとアンビエントを高次元で融合したケレラ『Raven』、カッティング・エッジな方向へ振り切ったLiv.e(リヴ)『Girl In The Half Pearl』など、今年に入り海外では一段と表現力豊かなR&B作品のリリースが相次いでいる。

 そして国内R&Bシーンも、近年現れたニュー・カマーが非常に充実した作品を次々に発表している中で、トレンドとしてもどの方向に転ぶかわからない局面を迎えている。

 現在の混沌とした状況がいかなるベクトルへ向かっていくのか、それともケイオティックなまま個のタレントがただただ多方面で生まれ続けていくのか――リズムに身を任せ心躍らせながら、その動向を見守っている。

 

 

つやちゃん(文筆家/ライター)

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。初の著書『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)が1月28日に発売されたばかり。

Twitter:@shadow0918

つやちゃん

最終更新:2023/04/12 13:00
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