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連載「クリティカル・クリティーク VOL.11」A SIDE

2022年フィメールラップ総括――表現の自由と可能性の拡張(後編)

2022年フィメールラップ総括――表現の自由と可能性の拡張(後編)の画像1
lyrical school(オフィシャルHPより)

 “女性とラップ”を切り口に2022年の国内ラップミュージック/ポップミュージックシーンを総ざらい。ビート/フロウ/コラボレーションという3つの観点で分析した前編に続き、今回後編ではリリック/サウンドクラウド・シーン/アイドル/男性アーティスト、という4つの観点を用意した。2010年代後半から続いた動きが総括され、新たな時代の始まりを予感させた2022年の動きについて論じる。

▲前編はこちら

Ⅳ. 群を抜いたリリックとラップの相乗事例

 才能あるリリックがラップと渾然一体となり、躍動感を生んでいた事例についても挙げたい。

 麻凛亜女、Henny K、Tomiko Wasabiによる「V.A.N.I.L.L.A.」は公式と共犯的に画策された明確なフェミニズム視点が話題を呼んだが、既存のヒップホップ価値観に対するカウンターとしてはAYA a.k.a PANDA「Balenciaga」に見られた高度な技術も指摘すべきである。

『Blue Ocean』というアルバム名自体が、男性中心のシーン=レッドオーシャンに対する逆張りとして態度表明されていたが、本曲では「SupremeとRIMOWAのキャリー」で機材を運びながら「BalenciagaのTrack履いて今夜もFly」し、全国のクラブを行脚する「カーレース」のごとき姿勢が、それによって稼ぐカネの描写――「ブクブク泡立て」「ハラハラ舞い散る福沢諭吉」――といったリリックにより実に見事な動的運動として表現されていた。

 加えて、その運動を支えているのは、活舌の良いリズミカルなラップである。

 相変わらずリリックとラップの相乗という観点で、彼女の技術は群を抜いている。同様に、突如年末にリリースされたLil’ Leise But Goldのアルバム『喧噪幻想』も、クラブの喧噪の中で煌めく身体運動と艶やかで幻想的なボーカル表現がドラマティックに出会ったという点において屈指の傑作であろう。

「朱は紅くなり」「手の甲Blood Line」「Eyeline滲んでも」といった皮膚一枚に迫るようなきめ細やかな筆致が、とろけるような発音とともに、日英の言語の壁を越えリズムそれ自体を融解させていくようなマジックとして私たちを恍惚とさせる。

Ⅴ. 地下シーンにおける “未完成の美学”

 また、エモラップやハイパーポップを起点とする地下シーンでは、多くの女性アーティストがゴスやサッドネスを内包した、“未完成の美学”とも形容すべき楽曲を公開した。

 サウンドクラウドというプラットフォームの儚きムードをそのまま作品に落とし込んでいく表現は、既存のラップミュージックやポップミュージックの価値観でははかれない大きな可能性が渦巻いている。

 アルバムという形態にとらわれず活動している作家が多いため、楽曲単位での言及になってしまうが、スマッシュヒットによってもはやサンクラ・アンセムとなったnyamura「? you are my curse ?」をはじめ、LIZA「YOLO ft. Yvng Patra」、Ccn & vivi「PROMISE」、EDWARD(我)「Sixteen!」、CH!KUB!「baby poison」、cyber milkちゃん「cyber milking」等は、2022年を代表する佳曲だろう。

 中でも、ここではYoyouの「tutumu」を挙げたい。

 昨今、玉名ラーメンなどによって描写されてきた、靄がかかったようなアブストラクトなビートが印象的な本曲は(プロデュースはRY0N4)、「包むフリーなゾーン/ここはちょうどいい気温/優しいけど悲しい/潤む蜃気楼」「はじまりの瞬間/からもう既に/おわりを見据えてる」というリリックがまさに当コミュニティの空気感を見事に言語化しており、心を動かされた。

 虚無感こそがコンフォートゾーンであるという、ネガティブの中にあるポジティブ性を捉えたリリックとラップ/歌唱はまさに、2022年のシーンを象徴しているように思う。

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