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連載「クリティカル・クリティーク VOL.11」A SIDE

2022年フィメールラップ総括――表現の自由と可能性の拡張(前編)

2022年フィメールラップ総括――表現の自由と可能性の拡張(前編)の画像1
MFS「BOW」MVより

 Awichが国内で確固たるポジションを築き、MFSが「Bow」で各国バイラルチャートで1位を奪取し、水曜日のカンパネラ「エジソン」とfemme fatale「だいしきゅーだいしゅき」がTikTokを席巻し、XGがSNSを制した――ヒットの観点でラップミュージック周辺を語るならば、2022年とはつまりそのような1年だったと言える。

 本連載は、1年前に刊行した『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)の「その後」として、“女性とラップ”を切り口に、国内のラップとポップミュージックの相互作用によって生み出される新たなリズムの最前線を切り取る時評という形で開始した。

 むしろ男女二元論で捉えきれない地点から多彩な音楽が生まれている昨今、相変わらず乱暴に女性という括りでまとめてしまうことへのナンセンスさは認識しつつも、とあるアーティストが語ってくれた「(これまで)スポットライトが当たっていなかった分、注目が集まる意味では良い」「まだその(=男女二元論にとらわれない紹介をする)段階ではない、理想には程遠い」という発言にインスパイアされる形で発信を続けている。

 本書において私は、現状のシーンの活況に繋がるメルクマールを2017-2018年と置いたうえで、女性の表現者による試みが現在のポップミュージック/ラップミュージックのリズム面における革新的な動きを先導している旨を論じた。

 MCバトルの人気を背景にラップが市民権を獲得しトラップビートの民主化が加速した2010年代後半、2017年にAwichがアルバム『8』を、ちゃんみながアルバム『未成年』をリリースする。翌2018年には宇多田ヒカルが『初恋』を、中村佳穂が『AINOU』をリリース。

 2017年の前者はラップコミュニティを起点とし、2018年の後者はポップミュージックのフィールドから広範囲に影響を与える形で、ラップにインスピレーションを得た新たな言語感覚を司る潮流が興った。

 そして2022年は、2017-18年を起点とした流れが次なる局面を迎えた――まず大局的には、そういった捉え方が可能だろう。なぜなら、今に至る時勢を作った前述のアーティストたちが揃って次の大きな一手を打ってきたからである。

 Awichは『Queendom』で自己批評を突き詰めた上で帝国を築き上げ、ちゃんみなは「Don’t go feat. ASH ISLAND」でいよいよ本格的な韓国進出を果たした。宇多田ヒカルは『BADモード』を、中村佳穂は『NIA』を発表し、もはや“ラップに影響を受けた”という域では語れない極めてエクストリームな実験モードへと突入した。

 2010年代はラップとトラップビートの時代であり、世界のポップミュージック/ラップミュージックがそれによって譜割り/リズム面での影響を受けざるを得なくなったが、ひとまず国内においては2022年でその潮流がひとつの完成を迎えた(あるいは閾値を超えた)と言ってよい。

 では、次なる動きとして顕在化したのはいかなる表現欲求だろうか?以下、7つのテーマに則して論じていきたい。

巧みなビートチョイスと実験的なフロウのバリエーション

Ⅰ. 多種多様なビートの希求

 まずひとつは、トラップ/ブーンバップという二軸では捉えきれない、多種多様なビートの希求である。ブーンバップではMICHINO『ContraAtaque』、トラップではElle Teresa『Youngin Season2』という傑作が生まれた一方で、例えばUKドリルは加藤ミリヤ「オトナ白書」からvio moon「kill my enemy」やMEZZ「Gyal Drill」まで幅広くシーンに浸透した。

 トレンドのジャージークラブは、LANAが「PULL UP」でファジーなラップを絡めることによって唯一無二のノリを生みTikTokでのバイラルを喚起。ダンスミュージックの導入も急速に進み、Yohji Igarashiとのコラボでクラブライクなベクトルを推し進めたDaoko『MAD』、UKガラージをはじめとしたリズムをエッジィなままに取り入れたMenace無『MENACE』、「ボロボロになって鍵垢にシュッ」といった世相を反映したパンチラインとともにダークでトランシ―なビートへ傾倒したvalknee『vs.』、バイレファンキかけ子と実験に没頭する田島ハルコ『時給5000兆円』など、多くの快作/怪作が生まれている。

 興味深いのは、多種多様なビートを導入することで同時にラップにも新たなノリが生まれている点だろう。ビートのBPMが速まるにつれてそれぞれのラッパー/シンガーがより一層多くの言葉を詰めこみ、声色やデリバリーの新たな個性を引き出している。そして当然ながら、そういった試行錯誤はラップミュージックだけに閉じているわけではない。

 レゲエ/ダンスホール畑に立脚しながらラップのリズムを組み込んだ775『あたい』、AKANE『Hooked On You』、あるいはR&B畑で奮闘するaimi『Chosen One』にも、小気味良い躍動感ある歌唱が投影されていた。

Ⅱ. フロウの実験

 ただ、ラップ/歌唱はもちろんテンポだけで語ることはできない。2022年、もうひとつの目立った動きがフロウの実験である。歌い手の数が爆発的に増えている今、厳密にはフロウはその数だけバリエーションを擁していると言ってよい。

 だが、その中でも特にオリジナリティがあり鮮烈な印象を残したのが7の『7-11』とElle Teresa『Youngin Season2』の両アルバムである。前者は和歌山で暮らす日常の鬱憤とマリファナによる解放感を幼児化したフロウで表現し、後者は地元静岡で日本流のトラップを追求する覚悟を多種多様なフロウで魅せた。

 楽曲単位では、他にも声の表情をビートに合わせ繊細に変化させたCYBER RUI「FEEL THE RAIN feat. Ralph」、ポエトリーラップとシャウトの対比で場面展開を生み出した春ねむり「Bang」、間(ま)のあいたラップに倦怠感あるフロウを織り交ぜたMFS「second thought」、「KARMA feat. Jin Dogg」が話題になったAshleyなどが独創性を発揮した。

 一方、ここに来てキーパーソンになりつつあるのが、柴田聡子である。傑作『ぼちぼち銀河』はラップのフロウに感化された優れたポップ作品であり、特に見事な押韻とともに披露される「雑感」はKID FRSINOのリミックスもリリースされ話題を呼んだ。同じくポップスのフィールドでの目立った演者として、Doulやにしなも挙げられるだろう。にしなの曲「FRIDAY KIDS CHINA TOWN」では、まさしくラップ以降の歌唱というべき弾んだフロウが観察される。

Ⅲ. 表現者同士の交流

 同時に、ラップ/歌唱の鋭い試みは表現者同士の交流によっても生まれる。女性アーティストはこれまでも、特定のコミュニティを飛び越えた形での自由なコラボレーションによって創意工夫を磨いてきた歴史があるが、2022年もそのフットワークは継続された。

 制作にJP THE WAVYを起用したMoli Calliope「I’m Greedy」はこれまでにないヒップホップ然としたリリックが彼女の攻撃的なフロウを引き出しており、Georgia Kuを起用したFAKYは「Choco Fudge」で大人びた歌唱が開花した。

 海外勢との協働はほかにも多数見られ、six impalaと組んだMANONは「TROLL ME」でスクリームに絡むキュートに切り刻んだ声を披露し、Alex Lustigを招いたkiki vivi lilyは「Runaway」でかつてのボンジュール鈴木にも接近するかのようなエーテルな空気感を見せた。

 蓮沼執太フィルとコラボしたxiangyu「呼応」、柴田聡子が見事な記名性を刻印したRYUTist「オーロラ」やあっこゴリラの「EVERGREEN」も秀逸な楽曲として広く聴かれるべきであろう。SoundCloudと〈Demonia〉等パーティを起点に多くのラッパーとつながり制作を進めているe5の存在感も年間通して目立った。

 以上、前編は、ビート/フロウ/コラボレーションという3つの観点で2022年における“女性とラップ”というテーマでの概況を観察していった。次回、後編では男性アーティスト側の動きも捉えた上での同テーマについて論じていきたい。

(後編に続く)

つやちゃん(文筆家/ライター)

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。初の著書『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)が1月28日に発売されたばかり。

Twitter:@shadow0918

つやちゃん

最終更新:2023/01/18 20:00
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