日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 脈々と耕されてきた男女交流史
連載「クリティカル・クリティーク VOL.12」

隆盛を極める東海ヒップホップシーンで脈々と耕されてきた男女交流史

隆盛を極める東海ヒップホップシーンで脈々と耕されてきた男女交流史の画像1

 DJ RYOWがアルバム『I HAVE A DREAM』をリリースした。キャリア13枚目を数える本作は、かのキング牧師が1963年に行なった歴史的演説の一節をタイトルに題したドラマティックな内容だ。

 新たな名古屋賛歌である「Picture Me Rollin’ feat. C.O.S.A. & Kalassy Nikoff」はじめ、いつもながら多くの客演を招き作られており、昨今改めて盛り上がる東海地方のヒップホップ熱を届ける力作となっている。

 充実した客演には女性のラッパーも含まれている。昨今ますますプロップスを高めているMaRIから常連のE.R.I、さらには東海外からもCYBER RUIやEMI MARIAが参加し、ラップや歌による効果的な演出を加えている。

 東海エリアに対する“レペゼン”や“フッド”を中心に置きつつ、さらには“女性”や“R&B”、“歌”といったテーマも重ね合わせることで作品が厚みを増し、DJ RYOWのヒップホップに対する思想がより立体的に浮き上がってくる。

 絞って重点を置く部分と広げる部分の采配が絶妙な塩梅で組まれており、ビートメイカー/プロデューサーの制作するアルバムとして理想的なバランス、熟練の技であろう。

DJ RYOW「Bling Blingfeat. CYBER RUI & MaRI)」

 一方で東海ヒップホップを盛り上げている他のプレイヤーに目を向けると、昨年屈指の傑作を作り上げた¥ellow Bucksは、『Ride 4 Life』でMaRIに始まりMoNa a.k.a Sad GirlやTinaなど、やはりDJ RYOW作品同様の俯瞰的な視点で客演の采配を振るっていた。

 エリア052のプライドとリスペクトがぎゅうぎゅうに詰まった楽曲群の中で、Tinaのボーカルはファンキーなサウンドに高揚感を与え、MaRIは〈やりたいことやるてか今やれてる/シングルマザー/ビートの上に乗ってる〉〈中身のないDickはMacaroni〉という自身を誇ったパンチラインを繰り出す。

 デラックス版ではAwichまでもが駆け付け、この異常な熱量で披露される052オマージュに対し〈QueenならQueenの仕事をGet it done/誰が何と言おうと私の出番/勝利を祝い帰る時には/島の子全員に被せるCrowns yup〉というリリックを添えて涙を誘うのだが、つまりフッドをテーマにした近年のヒップホップ作品の中でも金字塔となるであろう歴史的傑作を、ここでも東海内外の優れた女性ラッパーが支えている。

¥ellow Bucks「Shut Upfeat. MaRI)」

 一体、この東海勢の作品にみなぎる、豊富な演出による素晴らしい効果は何なのだろうか。豪華で重厚感があり、かたや軽薄でもある。ヒップホップのコアに迫る渋みと色気あふれるチャラさが共存しており、それを成立させているのは男女混合の多彩なコラボレーションである。この自由な流動性は決して一朝一夕に醸成できるものではなく、東海エリアのシーンにカルチャーとして根付いているがゆえの成果だろう。そう、その交流は、さかのぼればTOKONA-Xの「女子大ROCK」(2013年『トウカイXテイオー』収録)に LOKU、WATT、Killa-Dらに交じってANTY the 紅乃壱が名を連ねていた頃から、ごく自然に行われていたのだ。

体を張って貫いてきた女性たちの意義

隆盛を極める東海ヒップホップシーンで脈々と耕されてきた男女交流史の画像2

 男性ラッパー作品への女性の参加事例はその他にも多数存在した。AK-69はAIやシェネルなどのR&Bシンガーとの交流が盛んであったし、”E”qualはMay J.やFoxxi misQ、YA-KYIM、Adyaら多様なジャンルの女性ラッパー/シンガーと多くのコラボレーションを果たしてきた。

 同様に女性ラッパー/シンガー自身も自立した活動を展開しており、ANTY the 紅乃壱以外にも、1999年に鋭いビートによる怪盤『Nocturn Spark』をリリースした2MC・NOCTURN、2003年に『Sepia Time Film』で注目を集める以前から多くの男性ラッパー作品にジョインしていた來々、元々女性3人組だった時代を経てソロになり2000年代に名古屋シーンで話題を振りまいた蝶々、AYA a.k.a. PANDA、Strok、AA-Style、杏仁を客演に呼んだ象徴的な曲「SURVIVE」(2015年『PAN de MIC』収録)が記憶に残るMARIEなど、目立ったキャラクターの演者がいつの時代もひしめいていた。

 もちろん、それらのルーツとして、伝説のフィメール・グループであるAMAZONESにも触れないわけにはいかない。ANTY the 紅乃壱、NOCTURN、蝶々といった名古屋フィメールラッパーのオールスターが組んだグループは、2005年にEP『EIGHT ONE TURF』を残している。中でも蝶々の功績は重要で、2011年に「2ndGimmick RECORDS」という女性のヒップホップ作品専門のレーベルを立ち上げた功績は大きい。

MARIE「SURVIVE(AYA a.k.a.PANDA,Strok,AA-Style,EVA a.k.a.杏仁)」

 長きに渡りシーンを盛り上げ、性別や年代を問わずハブ的な役割を果たしてきたレジェンドであるANTY the 紅乃壱は、今〈ANTY the KUNOICHI〉名義で再び精力的に活動を展開している。

 2021年に11年ぶりにサプライズリリースされた11作目のアルバム『猫だまし』は、改めての自己紹介で幕を開ける「アイデンティティ」や、初めて自身でトラックメイクを手がけた楽曲「nazo」等を収録した力作だ。

 また、現在彼女は女性のラッパーやDJを多く集めたパーティ「MADD CATS」も不定期で開催。さまざまな世代の女性アーティストをフックアップし続けており、シーンの功労者として日本語ラップ・東海エリア編の歴史を今もなお更新し続けている。

 ひなりん、ししど等の新たな女性ラッパーがこの界隈から現れており、連綿と続く東海の熱を若い力が継承している。女性アーティストが集うリアルの場でのパーティとしては、これもまたANTY the KUNOICHIがかつてDJ AKIや蝶々らと開催していた「Jelly Belly」というDJイベントもあったと聞く。まさに、作品においても現場においても女性ラッパーたちによる連帯がこのエリアの文化を形作ってきたし、そこに男性側も加わることで、自然と協働が生まれるような土壌が培われたのだろう(事実、MADD CATSには女性の出演陣に交じってDJ RYOWなど男性も出演している)。

ANTY the KUNOICHI「アイデンティティ」

 女性の連帯と男女の交流が現代においてDJ RYOWや¥ellow Bucksの優れた作品として結実している背景をたどってきたが、最後にもう一作、東海エリアの重要なヴァイブスを象徴する楽曲を紹介したい。

 愛知県知立市出身のラッパー・C.O.S.A.は、2017年のEP『Girl Queen』で聖母マリア、母親、少女、シングルマザー、ラッパー、ダンサー、あらゆる女性に対して愛を歌った。表題曲で歌われる「男は変わる/君を守ろうと/世界が回る」というリリックはC.O.S.Aらしく朴訥としたもので、そこで描かれている女性像は、ヒップホップシーンに根強い家父長制の価値観としても捉えられるかもしれない。

 ただ、多様な女性の側面に光を当てたコンセプチュアルな作品として、少女の尊厳を綴ったECD「ECDのロンリーガール」やシングルマザーへのリスペクトを示したK DUB SHINE「今なら」といった楽曲とともに、本作はヒップホップ・フェミニズム史における重要な1枚として認識されるべきであろう。

 そして『Girl Queen』のような新たなコンセプトの作品は、東海ヒップホップで脈々と耕されてきた男女交流史の側面とあわせて受容されることで、より一層の意義を持つに違いない。日本のヒップホップが、東海エリアの歴史から学べることは多くある。

C.O.S.A. 「Girl QueenLive at POP YOURS 2022)」

つやちゃん(文筆家/ライター)

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。初の著書『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)が1月28日に発売されたばかり。

Twitter:@shadow0918

つやちゃん

最終更新:2023/03/12 21:00
ページ上部へ戻る

配給映画

トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • twitter
  • feed
特集

【4月開始の春ドラマ】放送日、視聴率・裏事情・忖度なしレビュー!

月9、日曜劇場、木曜劇場…スタート日一覧、最新情報公開中!
写真
インタビュー

『マツコの知らない世界』出演裏話

1月23日放送の『マツコの知らない世界』(T...…
写真
人気連載

『24時間テレビ』強行放送の日テレに反省の色ナシ

「愛は地球を救う」のキャッチフレーズで197...…
写真
イチオシ記事

バナナマン・設楽が語った「売れ方」の話

 ウエストランド・井口浩之ととろサーモン・久保田かずのぶというお笑い界きっての毒舌芸人2人によるトーク番組『耳の穴かっぽじって聞け!』(テレビ朝日...…
写真