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スタンダップコメディを通して見えてくるアメリカの社会#31

実写版『リトルマーメイド』で再燃“私のアリエル”を笑い飛ばすコメディアン

実写版『リトルマーメイド』で再燃私のアリエルを笑い飛ばすコメディアンの画像1
Halle Bailey(写真/Getty Imagesより)

 実写版『リトルマーメイド』の公開がいよいよ間近となったアメリカ。今再び、黒人アリエルの受容をめぐり、連日議論が交わされている。

 2019年、ディズニーは実写版『リトルマーメイド』の製作と、その主演をR&Bシンガーで黒人女優のハリー・ベイリーが務めることを発表した。ベイリーが自身のツイッターに「夢が実現するわ」というコメントとともに、黒人のアリエルのイラストを投稿すると、たちまち「#NotMyAriel(私のアリエルじゃない)」というハッシュタグとともにネット上で批判が相次いだ。

 主な意見としては「原作に忠実ではない」や「ディズニーは最近ウォークすぎる」というものだった。

 この場合の「原作」とは1989年にディズニーが製作したアニメ映画『リトルマーメイド』、もしくはデンマーク人作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンが1837年に発表した小説『人魚姫』を指す。「原作に忠実であるべき」という批判の背景には、アニメ版のアリエルが白人として描かれていることに加え、デンマークを舞台にしている作品である以上、白人がふさわしいという理論が見て取れる。

 しかし、そもそもアニメ版でさえ『人魚姫』を大幅に脚色し、主人公の悲恋をハッピーエンドに描きなおしたばかりか、舞台をもカリブ海に移している。アラン・メンケンが作曲しアカデミー賞歌曲賞を受賞した劇中歌”Under The Sea”はカリプソのリズムが取られているし、それを歌唱するセバスチャン役の声優、サミュエル・E・ライトも意識的にトリニダード・トバゴ訛りを用いている。

 ではもうひとつの批判である、ディズニー社の近年の「ウォークさ」とはなんであろうか。「ウォーク」はもともと「wake」の黒人訛りに由来し、「目覚めている」こと、つまり差別や不平等に対して立ち上がることを指し示す言葉だが、この語の意味はそれを用いる者の政治的立場やイデオロギーによって変容する点で興味深い。リベラル層が用いる場合、「差別を許さない」ポジティブな用例なのに対し、保守層が用いると「敏感すぎて軟弱」とか「ポリティカル・コレクトネスを遵守しすぎる」という批判や揶揄含みになる。

 近年ディズニー社は、積極的にマイノリティを主人公にした作品を発表し続けているし、パリではミニーマウスがスカートからズボンを纏う変更を試み、南部での差別を描いていない『南部の唄』をモデルにしたアトラクション、スプラッシュマウンテンを廃止したりと、ウォークな取り組みを率先してきた。2022年は、フロリダ州で公教育の場において自身の性自認を語ることを禁じる州法、いわゆる「Don’t Sayゲイ法」が可決すると、州知事のロン・ディサンティスに抗議の意を示し対抗したことも記憶に新しい。

 このような近年のディズニーのあり方に対し、保守層は繰り返し意を唱えてきた。そして今エンターテイメントがダイバーシティに急速に舵を切る中で発表された「ブラック・アリエル」にも、彼らの多くがSNSを中心に噛みついたのである。

 しかしここで強調したいのは、こうしたディズニーの政策は何も、今にはじまったことではないということだ。そもそもプリンセスでみても、89年の『リトルマーメイド』の大ヒット以降に訪れた「第二次黄金期」の作品群のプリンセスは、『アラジン』のジャスミン、『ポカホンタス』に『ムーラン』また『ノートルダムの鐘』のエスメラルダと有色人種が並ぶ。

 実写版に目を移しても97年に製作されたテレビ作品の『シンデレラ』では主演を黒人シンガーのホイットニー・ヒューストンが務め、王子役にはアジア人のパオロ・モンタルバンが起用された。17年のミュージカル版『リトルマーメイド』では主演に、日系女優のダナ・ヒューイが抜擢され、全米ツアーを成功させている。

 今回の騒動の渦中のハリー・ベイリーは00年生まれの23歳。中学生の時にYouTubeにアップしたビヨンセの楽曲が本人の目にとまり、そのままデビューを果たした経歴を持つ。抜群の歌唱力はもちろん、その豊かな表現力でオーディションを突破し、アリエル役を射止めた。監督のロブ・マーシャルはのちのインタビューで彼女のことを、

「彼女には信じられないほどの強さと情熱、利口さと優しさ、そして喜びがあったんだ」と絶賛している。

 19年の製作発表ののち世界中をコロナ禍が襲い、撮影は一時延期を余儀なくされた。それに伴い批判も一旦は下火へと転じたが、製作が再開となり予告編が公開された22年9月、再び「#NotMyAriel」がネット上を賑わせた。初めて実際の映像を観た反対派が再び批判の声をあげたのだ。

 こうした状況の中で、世の中の状況を笑いで切り取るスタンダップコメディアンたちはこぞってネタにしてみせた。

 ギリギリのラインを攻めた笑いで知られる白人コメディアンのマーク・ノーマンドの十八番は、観客からのお題を即興でジョークにする芸。昨年、予告編が公開されたばかりの9月、客席に向かってノーマンドは問いかけた。

「なにか喋ってほしい題材はあるかい?」

 すかさず、客のひとりが

「黒人のリトルマーメイド!」

と叫ぶ。白人の視点から語ることがリスキーな題材なだけに、会場に緊張感が走ったが、ノーマンドは横に置いたドリンクをぐいっと飲み干すと、得意の飄々とした語り口で話し始めた。

「まず、フィクションの魚が黒人かどうかってことをいったい、どこのどいつが本気にしてるんだよ。俺は黒人の女と付き合ったことあるけど、みんな髪が濡れるのを嫌がってたよ。それがいちばんの問題さ。それにもし、ユダヤ人のアリエルだったら、カニと戯れられないからダメだろ」

 アメリカにおける黒人女性のステレオタイプのひとつが「髪型が崩れるのを嫌う」というもの。それをジョークにし、人種の入り混じる会場を笑わせてみせた。またユダヤの教義の中で、甲殻類を食べることが禁じられていることとカニであるセバスチャンをかけてジョークにし、多方面に矢を放った。その上で、最後に、

「というか、アリエルが黒人だってことに怒る人たちはさぞかし“楽しい”人生を送ってるんだろうね。何か大きな問題を抱えてるようにしか思えない。きっと『あ~アリエルが黒人なら、私がスキューバダイビングに出かけたときに、彼女に財布を盗まれるわ』とか言い出すんだろうね」

 アリエルが黒人だというだけで怒りを覚える人々は、黒人を見ると泥棒だと思う差別主義者と変わらない、と痛烈に断罪するこの皮肉はいかにもノーマンドらしい。

 ノーマンドにとどまらず、コメディの舞台ではこのように、加熱するネット上の批判を嘲笑する傾向が見て取れる。そしてそれは白人からの視点、黒人からの視点、アジア人の視点とそれぞれの視座に基づいていることはいかにもアメリカらしい。

 5月26日に全米で公開される『リトルマーメイド』。いよいよディズニーが提唱する2023年型のアリエルがお目見えとなる。ハリー・ベイリーが多くの人々にとってのMy Arielとなることに期待したい。

 

 

Saku Yanagawa(コメディアン)

アメリカ、シカゴを拠点に活動するスタンダップコメディアン。これまでヨーロッパ、アフリカなど10カ国以上で公演を行う。シアトルやボストン、ロサンゼルスのコメディ大会に出場し、日本人初の入賞を果たしたほか、全米でヘッドライナーとしてツアー公演。日本ではフジロックにも出演。2021年フォーブス・アジアの選ぶ「世界を変える30歳以下の30人」に選出。アメリカの新聞で“Rising Star of Comedy”と称される。大阪大学文学部、演劇学・音楽学専修卒業。自著『Get Up Stand Up! たたかうために立ち上がれ!』(産業編集センター)が発売中。

Instagram:@saku_yanagawa

【Saku YanagawaのYouTubeチャンネル】

さくやながわ

最終更新:2023/04/24 19:00
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