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「原爆カクテル」に「ミス原爆」まで開催! 米国のアトミック・カルチャー

「原爆カクテル」に「ミス原爆」まで開催! 米国のアトミック・カルチャーの画像1

※本記事は、「サイゾー」(2019年9月号)から転載しています。

戦争とは正義のぶつかり合いであり、当事者同士の価値観や歴史観はまったく異なる。日本人がそれをもっとも実感するのは、原爆に対する米国の視点に触れたときではないだろうか? そんな米国は今でも「原爆投下によって戦争は終結した」という見方が強いため、大衆文化にも「核/原爆」の影響が及んでいるという。

米国・ワシントン州東南部にある核施設群「ハンフォード・サイト」。ここは原爆を開発したマンハッタン計画において、その原料となるプルトニウムが製造された場所だ。このハンフォード・サイトのお膝元であるリッチランドという町で、日本人留学生の古賀野々華さんが1本のスピーチ動画を配信し、注目が集まっている。

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アメリカの高校に留学していた日本人学生による、キノコ雲をモチーフにした学校のロゴに異を唱えた動画は、現地メディアだけではなくNHKなどでも取り上げられた。

リッチランドは第二次世界大戦から冷戦時代にかけてハンフォード・サイトの恩恵を受けて発展し、原子力の町を自認してきた。そのため商店の看板など、町の至る所に原子力や原爆のモチーフが取り入れられており、古賀さんが通っていた高校のロゴマークにも巨大なキノコ雲が描かれている。

勝者側の歴史とはいえ、日本で教育を受けた人間なら複雑な感情を抱くであろう状況に、古賀さんは声を上げた。ただし、ロゴマークの廃止などを求めるのではなく「私はみなさんの歴史や文化、視点について学んできました。今回は私の(視点)を知ってほしい」「キノコ雲の下にいたのは兵士ではなく一般市民です。罪なき人々の命を奪うことに、誇りを感じるべきでしょうか」と、あくまで個人の物の見方として訴えかけたのだ。その行動は現地でも称えられ「あのスピーチがなければ日本側の意見は一生知ることがなかった」などと反響が寄せられたという。

「米国でキノコ雲のイメージは、未曾有の破壊力とそれを成し遂げた人々への敬意を示すポップなアイコンとして定着しているようですね。それが地域の誇りになっているという点も、さほど不思議ではありません。戦後の米国では、軍の高官たちが核実験の成功を祝ってキノコ雲のケーキを作ったこともあります。核開発は米国の、大国としてのパワーを示すもので、キノコ雲はその象徴だったわけです。一方でそこに欠落しているのは、日本人の留学生が述べているように死者の存在や、放射線による後遺症です。(キノコ雲のような)特定のイメージが何を表しているか、というよりも、何を排除しているのかを思わせますね」

そう語るのは、『核と日本人――ヒロシマ・ゴジラ・フクシマ』(中公新書)などの著作がある、神戸市外国語大学の山本昭宏准教授。このように日本では語られることのない、原爆を“成功体験”とする勝者の歴史。本稿では、戦後の米国における「原子力の安全神話」や一般市民との関わり、そして、そこから生まれた衝撃的な大衆文化に触れつつ、米国のアトミック・カルチャーに迫る。

ポップなアイコンとしてキノコ雲がシンボルに

「原爆投下は戦争終結を早めた。日本で本土決戦をしていたら100万人の米国兵が死傷しただろうが、それを防ぐことができた」――これは第二次大戦中に米国の陸軍長官を務めたヘンリー・スティムソンの言葉だが、この認識は現代もなお、米国で広く共有されているという。とはいえ、原爆の威力はすでに実験で明らかになっていたはずだ。使用や保持に関して慎重論は出なかったのだろうか?

「当時から原爆投下の道義的責任を問う声は米国内部からも出ていましたが、冷戦が始まったばかりである状況を考慮すると、(核兵器の所持は)他国に対しては『これだけ強力な兵器を持っている』という脅威として使われました。ソ連の原爆保有後は、その傾向が強まります。また、国内に対しては『これだけ持っているから敵は攻めてこない』という安心の象徴として印象づける必要がありました」(山本氏)

このような核戦略があったため、以後、1940年代から50年代にかけて米ソの核開発競争が激化していく。来るべき核戦争に備えるため、米国では民間防衛動員局の主導で核攻撃から生き延びるための教育が行われたり、民間人向けの核シェルターが売り出されていた。

そんな中、1953年1月に大統領に就任したドワイト・D・アイゼンハワーは、同年12月に国連で歴史的な「平和のための原子力(Atoms for Peace)演説」を行い、核兵器の削減や原子力の平和利用を訴えた。この演説は、後のIAEA(国際原子力機関)発足につながっている。

兵器としてではなく、あくまでエネルギー資源としての核保有を当時の米国政府は主張したわけだが、その一方で原子力に対する危険感は今の感覚からすると、あまりにもずさんだった。『ドラゴン・テール――核の安全神話とアメリカの大衆文化』(凱風社)などの著作がある、広島市立大学平和研究所教授のロバート・ジェイコブズ氏は、数多くの核実験が行われたネバダ核実験場を例にして、次のように解説する。

「実験場の周辺住民は、核実験に関する注意を確かに受けてはいました。問題は、その注意が正しくなかったことです。政府直属の原子力委員会からグリーン・ブックと呼ばれる小冊子が配られ、そこには“実験に使われる爆弾はほぼ無害”といったような言葉が並べられていました。アイゼンハワー大統領自身も“死の灰を96%排除したクリーンな爆弾の完成”を明言し、住民たちはこれをすっかり信用しました。その結果、雪のように積もった放射性降下物で遊ぶ子どもたちの写真などが残されています」

そのような状況であったため、50年代のネバダ核実験場近くの新興都市・ラスベガスでは、あるビジネスが流行した。それは、なんと核実験の観光資源化である。爆心地から数キロ圏内でサングラスをかけながら爆発を観測、キノコ雲をバックにして自撮りするのが定番だった。

当時のラスベガスはマフィアが次々と進出し、「カジノの街」が形成されていった時代。核実験の不安を取り除きたい政府とも思惑が合致し、やりたい放題だったのだ。ほかにも「アトミック・カクテル」といった飲み物や、「ミス原爆」といった、美女コンテストまで催されていた。

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核実験見学ツアーが企画されるほど、原爆は黎明期のラスベガスでは重要な観光資源となり、1950年代には何度も「Miss Atomic Bomb(ミス原爆コンテスト)」が開催された。1957年の5月28日から10月7日の間にネバダ核実験場で実施された「プラムボブ作戦」前に撮影されたこの写真は、「ミス原爆」のイメージとしてもっとも有名なものとなり、米ロックバンドKillersが12年に発表した『Miss Atomic Bomb』のCDジャケットにも使われている。(1957年5月24日/写真:Science Source/アフロ)

なお、「原子力の平和利用」の波は、原爆攻撃を受けて日の浅い日本でもスムーズに受け入れられていったが、これはGHQの意向が強く動いたという。

「検閲により、占領軍(実質は米国)に対して、ネガティブに作用しかねない報道は不可能でした。原爆被害についても同じです。当時は後遺症に苦しむ被ばく者の姿はほとんど報道されませんでした。しかし、その一方でポジティブなものであれば報道可能で、例えば、広島で巨大カボチャが採れて『これは原爆の影響か』と書かれた記事を見たことがあります。というのも、当時は検閲により、原爆は他の戦災と変わらないかのように扱われていたからです。その結果、核はただ“巨大なエネルギー”や“無尽蔵のエネルギー”として、多くの人々に認識されたと考えられます。台風にぶつけて進路を逸らすとか、月ロケットの動力とか、土木工事に使えるかも……など、さまざまな夢が語られていました」(山本氏)

マンハッタン計画の核施設が国立公園に

このように50~60年代にかけての米国(と日本)の、核/原子力のイメージは楽観的であったが、こうした核の脅威を軽視したような見方に対して、批判的な動きはなかったのだろうか?

「50年代のB級SF映画では、核実験に対し批判的な意味合いが込められているものが多かったですね。というのも、一線級の俳優が出演する『Aリスト映画』は規制(ヘイズコード)がとても厳しいのに対し、子ども向けと目されていた『Bリスト映画(いわゆるB級作品)』は、俳優も無名だし、規制もないに等しかったからです。個人的には初代『ゴジラ』と同じ、1954年に発表された『THEM!』という映画が印象に残っています。この映画にもゴジラと同じく、ブラボー実験に対する批判的なメッセージが込められていたのです」(ジェイコブズ氏)

その後、時代が移り変わると共に放射能の危険性に対する理解が深まり、度重なる核実験施設や原発での事故などを経て、米国における「核/原子力」への能天気な認識は薄れていった。ネバダ核実験場も地下化したことで、キノコ雲は現れなくなり、実験は世間から忘れ去られていく。

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上:本文で紹介した「キュー実験」の名を冠する「ミス・キュー」に選ばれた、サンズ・ホテルのショー・ガール、リンダ・ローソン。王冠がキノコ雲の形をしている。(1950年代/写真:Sands Hotel Photographs. UNLV University Libraries Special Collections & Archives.)、左下:水着の女性たち3人とキノコ雲のようなモニュメントを乗せたパレードのフロート車。車の横には「ネバダ初の原子爆弾」と書かれている。(1951年/写真:Nadine Tobin Collection. UNLV University Libraries Special Collections & Archives.)、右下:核実験で浮かび上がったキノコ雲。ラスベガスからおよそ100キロの場所にあるネバダ核実験場では、地上と地下を合わせて900回以上の核実験が行われ、昼夜を問わず街の空が輝いたという。(1950年代/写真:Manis Collection. UNLV University Libraries Special Collections & Archives.)

冒頭で紹介したハンフォード・サイトも稼働はとうの昔に終えており、リッチランド住民のほとんどはその除染作業に従事している。しかしながら、彼らは「戦争を終わらせた爆弾」に関わる仕事を誇りとしている。

「ユタ州の実験場近くに住んでいる知り合いがいるのですが、現地では核実験によってもたらされた被害について声を上げることが、タブーとされているらしいんですね。また、米国には日本への原爆投下だけではなく、自国で行われた核実験を知らない人も多いです。そのため、リッチランドの日本人留学生が行ったようなスピーチは、現地の若者たちが新たな視点を学ぶ良いきっかけになることを願います」(ジェイコブズ氏)

また、ハンフォード・サイト含め、かつてマンハッタン計画に関わったニューメキシコ州ロスアラモスとテネシー州オークリッジの3カ所は、現在、国立公園としての整備が進められている(2020年開園予定)が、これにはどのような意味合いがあるのだろうか?

「これは“過去の成功体験を語り伝えるため”だと思います。核開発に成功した偉大な米国のパワーを語り継ぐことはできるかもしれませんが、今の計画では核の脅威を残すことは難しいと考えています。しかし、核のパワーだけを取り上げて、放射線障害などを忘れ去るというのは、あまりにも都合がよすぎるのではないでしょうか」(山本氏)

前出のジェイコブズ氏はハンフォード・サイトの被ばく者支援団体と連携して、国立公園の準備委員会に対し、“周辺住民の健康被害”に関する展示スペースを設けるよう求めているようだが、それら現地の抵抗は予想以上に強いという。「原子力の安全神話」の名残は、米国でも問題になっているようだ。

2010年代も終わりに差しかかり、2020年代に入るといよいよ終戦100周年も視野に入ってくる。核戦争の恐怖、その記憶が薄れつつあることは、現代の大衆文化からも感じ取れる。

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18年にはセレーナ・ゴメス、カーディ・B、OzunaをフィーチャーしたDJ Snakeの楽曲「タキ・タキ・ルンバ(原題 :Taki Taki)」が物議をかもした。詞の中に「タキタキ」と韻を踏んだ「ナガサキ」「カワサキ」といった日本語の固有名詞が入っていたのだが、ナガサキのくだりは「尻がナガサキのように爆発」といった内容で、レコード会社の日本法人は歌詞の変更を要求している。

直近では、米国の大ヒットドラマ『This Is US』で、長崎という単語が「破壊する」「つぶす」という意味の動詞として使われていたことが発覚。番組プロデューサーは西日本新聞から意図を問われたものの、「エピソード自体に語らせることを望んでいる」と回答を保留した。

前者に関しては、レコード会社から「アーティストに特段の意図はない」と釈明があったものの、意図がなかったこと自体が記憶の風化を表しているようにも思える。

その一方で後者の場合は、日本の識者からも「全体の文脈の中で読むと、原爆投下や戦争を賛成する内容ではなく、登場人物の性格を表しているようだ。セリフの一言だけを切り取って問題にしてしまうと、原爆について表現することを萎縮させることにもなりかねない」と擁護の声も上がっている。

北朝鮮情勢や米中対立など、核戦争の脅威は相変わらず消えていないにもかかわらず、原爆がいまだ「未曾有の破壊力を象徴するポップなアイコン」のままであることが印象づけられる。しかし、今の時代は古賀さんのようにインターネットから発信する手段もある。

大国の都合に振り回される世界情勢は、冷戦の頃から何ら変わらないが、日本が戦争による唯一の被爆国であることも変わらないのだ。

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最終更新:2023/08/04 13:00
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