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歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『光る君へ』冒頭に登場する陰陽師・安倍晴明の本職は「呪術師」か「天文学者」か

国家公務員だった陰陽師の身分

『光る君へ』冒頭に登場する陰陽師・安倍晴明の本職は「呪術師」か「天文学者」かの画像2
安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)ドラマ公式サイトより。

 さて、長い前置きになりましたが、今回はドラマの冒頭から登場していた陰陽師について少しお話したいと思います。「陰陽師」は一般的には「おんみょうじ」と読まれますが、少なくとも平安時代での正確な読み方は「おんようじ」でした。「陰陽道」も「おんようどう」で、古代中国から伝わった五行思想――乱暴にまとめると、仙人になって不老長寿を得ることを目指すという道教由来の思想体系――をベースに日本で独自発展したものです。

 夢枕獏先生の『陰陽師』シリーズはもちろん、歴史的創作物の中ではカリスマ陰陽師・安倍晴明が式神を駆使して、呪詛したり、呪詛返しする姿が有名ですが、平安時代の陰陽師の中心業務は、ドラマの冒頭にも出てきたように天文学者というべきもので、天体の動きから吉凶を予測するなど占い師としての仕事「も」した程度だったのです。

 平安時代中期のルールブックといえる『延喜式』においても「陰陽師」とは官名であり、彼らの公的な身分は国家公務員でした。ドラマの安倍晴明(ユースケ・サンタマリアさん)は藤原兼家(段田安則さん)から、お妃の誰それに「お子ができないようにしろ」……という密命を受けていましたが、昔の公務員は副業可能でしたし、あのように個人に雇われてこなすアルバイト仕事も許されていたのです。『延喜式』(巻十六)において「陰陽寮」という国家組織に属する陰陽師たちの業務は(天体観測をもとにした)占術と祭祀などと定められています。この祭祀という部分に、オカルティックな要素も含まれることもあったのでしょう。ちなみに安倍晴明の占いの的中率は7割でしたが、それでも神業とされました(通常は5割も当たれば上々)。

 平安時代の以前、たとえば飛鳥時代の宮廷において、陰陽師は天体観測が専業で、呪詛などの業務は、その名も「呪禁師(じゅごんし)」という公務員が一手に引き受けていたのです。もちろん呪詛といっても、もともと敵を呪い殺す秘術ではなく、病気を治すための方術を悪用するというのが前提です。呪禁師たちが「典薬寮」――つまりいまの厚生労働省的な組織に属していたことからも象徴的なのですね。

 そういう呪禁師たちがあまりにオカルティックなことをやりすぎた、あるいはさせられすぎたことをおそらくは咎められ、公の世界から姿を消したのは「女帝」として知られる孝謙天皇の御世でした。そして、この時代以降、陰陽師が呪禁師の呪詛関連の仕事まで担うようになったのです。

 しかし、派手な呪術合戦は陰陽師の得意とする分野ではありませんでした。中世の説話集を見る限り、安倍晴明と敵対する陰陽師の間にはオカルト戦争のようなこともあったようですが、そういう戦いには本来、平安時代末期以降、中国から入ってきた密教系仏教の知識を駆使したようです。

 逆にいうと、その手の密教系の呪詛に長けた僧侶たちには、真言宗の開祖・空海などの名があげられ、彼らには陰陽師が研究してきた天文学などの知識もありましたから、陰陽師たちの仕事は僧たちに取られてしまいました。陰陽師の影が平安時代以降、急速に薄くなった理由のひとつです。

 しかし、ドラマでは陰陽師のオカルティックな側面が描かれていくことでしょう。オカルトといえば、ドラマの道長はまだ三郎ですが、次兄の道兼が成人した三郎こと道長の諱(いみな)を足の裏に書いて踏んづけていたという逸話なども出てきそうです。これは気軽にできるにせよ、呪詛のひとつでしたし、道長と安倍晴明のつながりも深く、道長がとある政敵を陥れるために、「呪詛をかけられました!」と訴え出たことに晴明が協力したこともありました(これもドラマに出てくると思います)。

 本格的な呪詛に関わった事実が発覚すると、身分が高い者でも失脚するほどのタブーだったのですが、そこいらかしこで呪詛の類が飛び交っていた平安時代において、やはり個人情報の漏洩を恐れる気持ちは現代以上に強かったはずです。そういう情報が呪術の成功確率をあげるには必要だったからです。紫式部ほどの有名人でも、本名などの基本的な個人情報が後世までほとんど伝わっていない理由は、そのあたりにもありそうですね。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2024/01/16 17:00
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