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歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『光る君へ』最新話、宮廷で披露する“まひろの舞”真の目的

なぜ天皇が自ら「宿所」に出向くのか?

『光る君へ』最新話、宮廷で披露するまひろの舞真の目的の画像2
六十五代 花山天皇(本郷奏多)ドラマ公式サイトより。

 お話のついでに、「十二単」――これも正式には五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)といいますが、この装束を成人の儀式でまとったまひろが、「重たい」と文句をいった姿を覚えておいででしょうか。たしかに現代の「十二単」は20キロもあるといわれています。しかし平安時代の装束は、現代よりも6割ほど軽く、生地が薄かったようですね。

 現在の皇居で、皇后さまが育てられている「小石丸」という品種の蚕は、外国産の蚕に比べ、格段に糸が細いのに強く、しなやかだと知られるように、平安時代の蚕も小石丸と同様の性質を持っていたのではないでしょうか。ゆえに平安時代の「十二単」は8キロ程度だったそうですが、それでも女性の身には十分重たく、それを着用して舞を優雅に踊ってみせるのには骨が折れたことでしょう。

 平安時代中期ごろ、舞姫たちには自邸での稽古だけでなく、天皇の眼前でリハーサルも課されていました。11月の暦の「中の丑の日」、舞姫たちは宮中に上がり、ほぼ天皇だけが御覧になる前で、舞を披露します。これを「帳台の試み」と呼びました。しかし、この行事について記した『江家次第』という書物の中の「五節帳台試」で気になるところを要約すると「天皇が師局つまり大師の宿所に出御する」というあたりだと思われます。

 なぜ、「宿所」に天皇が出向くのか? と思うかもしれません。そもそも「帳台」とは、天皇など高貴な方の座所にして寝所でもありましたよね。

 20世紀の大学者・折口信夫は、「帳台の試み」とは「舞姫をして、天子様が、女にせしめる行事」――つまり、人目を遮断した密室において、天皇と舞姫たちの間に“男女の関係”が発生する機会だと考えていたようです(折口信夫『大嘗祭の本義』)。

 五節の舞姫とは別ですが、花山天皇も即位儀式の直前まで女官と性行為をしていたという逸話もあるので、重要な儀式と性が結びついていた可能性も否定できないのですが、天皇のあらたなお妃候補(もしくは側室候補)を、選出するためのオーディションだったのではないか、と筆者には思われます。天皇は2日後の新嘗会の神事に向けて潔斎しているはず、ということもあります。

「帳台の試み」のあった翌日、つまり寅の日には「御前の試み」が行われ、舞姫たちは天皇の昼の御座所がある清涼殿・廂の間で舞を披露しました。さらに3日目の卯の日には、天皇にとっては年中最大の重要行事のひとつである新嘗会があり、舞姫たちには、自分の付き人の少女たちを天皇にお見せする「童女御覧」という儀式がありました。これは明日に控えた本番のための最終リハであったと同時に、そこで自分の付き人まで天皇の御覧に入れるのは、舞姫同様、童女まで美しく飾り立てることができているかなど、舞姫を差し出した貴族たちの経済力や美意識をテストする目的があったと考えられます。

 4日目の辰の日の「豊明節会(とよあかりのせちえ)」は、舞姫たちにとっては最大の見せ場で、舞の本番です。ここで舞を美しく披露し、ようやく舞い納めということになるのですが、この長丁場の行事はドラマではかなり省略されてしまうでしょう。

 紫式部は『紫式部日記』において、ある年の五節の舞姫の行事に、観客として参加した印象を書き留めていますが、舞姫だけでなく、それを見ている自分もさまざまな男性の視線を浴びていると思うと、ドキドキするなどと言っています。当時の女性にとって、顔はおろか、姿をあらわにすることは気恥ずかしいことだったのですね。ドラマのように実際に舞を披露する側に回るとなると、史実の紫式部ならば卒倒してしまいそうな気がしている筆者でした。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2024/01/28 12:00
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