太川陽介と蛭子能収の“おじさんコンビ”が奇跡のヒットを生んだテレ東の「バス旅」が、生産過剰状態に陥っている。
太川&蛭子コンビは解散したものの、羽田圭介と田中要次が後を継...
木村之男(芸能記者、TVウォッチャー)
テレビ東京にとっては大きな痛手に違いない。
同局の旅番組で、太川陽介との名コンビで人気を博している蛭子能収が軽度の認知症を患っていることが判明し、芸能界引退の危機に瀕して...
テレビ東京が29日、『水バラ』の番組名で、「ローカル路線バスVSローカル鉄道 乗り継ぎ対決旅」の第2弾をオンエアした。これに大いなる違和感を覚えた視聴者は多いことだろう。
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本多圭の「芸能界・今昔・裏・レポート」
太川陽介と蛭子能収の“迷コンビ”ぶりが受け、テレビ東京の名物企画として人気を博したバラエティ番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』。今年5月、『東北横断!ローカル路線バス乗り...
太川陽介と蛭子能収による、テレビ東京の名物企画『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』が2年5カ月ぶりに復活するというから、ファンにとってはたまらない朗報だ。だが、二人は同企画で“...
太川陽介と蛭子能収の名コンビが今春、本格的に復活することになった。テレビ東京系で4月18日より、レギュラー番組『太川蛭子の旅バラ』(木曜午後6時55分~)がスタートするのだ...
まさに苦肉の策というべきか……。テレビ東京が、俳優・田中要次と芥川賞作家・羽田圭介氏とのコンビによる『ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z』の不振で、太川陽介&蛭子能収コンビを、...
テレビ東京の人気番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』が、恒例だった新春特番のラインナップから、ついに消えた。
同番組は太川陽介と蛭子能収の名コンビで、2007年10月2...
昨年末に不倫報道があった女優の藤吉久美子の夫で俳優の太川陽介が3日、自身の出演舞台の初日公演後に記者会見を行った。
太川は、正月に家族3人で京都の太川の実家に帰省したこと...
すべての計画が頓挫した……。
「週刊文春」(文藝春秋)で大阪・ABC朝日放送の50代既婚プロデューサーとの不倫疑惑が報じられた女優の藤吉久美子が、ショックのあまり当面の間、...
女優の藤吉久美子の不倫疑惑報道を受けて、夫で俳優の太川陽介が会見。「(藤吉を)信じる」「離婚はしない。僕が守る」と男気を見せたことに一部では称賛の声も上がったが、タレントの...
女優・藤吉久美子の不倫報道は、本人が苦しい釈明で一応の否定をし、夫でタレントの太川陽介が「妻を信じる」と笑顔でかばったことから一件落着の様相だが、不倫相手とされる大阪・朝日...
テレビ局員との不倫疑惑が報じられた女優・藤吉久美子(56)の“号泣釈明会見”に対し、違和感を訴える声が相次いでいる。
1995年にタレントの太川陽介と入籍、2001年に長...
「もうすぐ第2弾の旅に出るのですが、すでに暗雲が立ち込めている感じですね。第1弾の視聴率も歴代最低でしたし、何より制作側と演者側の間に、かなりの温度差があるようです」(テレビ東京...
テレビ東京の人気番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』の「大阪城~兼六園編」を収めたDVDが4日、発売された。 この回は『バス旅』フリークである伊集院光が自身のラジオ番組で絶賛する...
本多圭の「芸能界・今昔・裏・レポート」
『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京系)で人気を博してきたものの、今年正月の特番で番組を卒業した太川陽介と蛭子能収コンビに代わって、俳優・田中要次と芥川賞作家・羽田圭介の...
本多圭の「芸能界・今昔・裏・レポート」
テレビ東京系の人気番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』の“パクリ番組”と揶揄されながらも安定した人気を誇ってきた、徳光和夫の『路線バスで寄り道の旅』(テレビ朝日系)。 2013年...
「実は今月6日の週から、新しいメンバーで極秘に撮影をスタートさせているんです。新メンバーは、以前特番でやった田中要次さんと羽田圭介さんで、マドンナはIMALUさんです。この“バス...
本多圭の「芸能界・今昔・裏・レポート」
1月2日に放送された特番で、太川陽介&蛭子能収コンビが卒業したテレビ東京の人気番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』だが、続編のキャスティングが難航しているようだ。 番組関係者によ...
「本家の『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京)が終わったということで、徳光さんも最近は『もう、こっちもいいんじゃないかな』なんて投げやりになってます(苦笑)。やはり体力的...
「1月2日放送の『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 第25弾』をもってバス旅が終わることで、スタッフに『来年はもう一度、アイドルに戻る!』と宣言してました。それで、昨年末からボイスト...
週刊!タレント解体新書 第19回
かつて日本人は、控えめさと几帳面さを美徳としていた。そしてまた、和をもって尊しとなるという考え方は言葉にせずとも共有のものであった。そんな時代が、確かにあった。そう昔の話ではない...