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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.44

暴走する”システム”が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』

capitalism-main.jpg金融恐慌を引き起こし、公的資金(税金)7,000億ドルを投入された
ウォール街に対し、「我々の金を返せ!」と訴えるマイケル・ムーア監督。
映画『キャピタリズ マネーは踊る』より。”マネーは踊る”と聞いて、
武富士ダンサーズのCMを思い浮かべるのは筆者だけだろうか。
(c)2009Paramount Vantage,a division of Paramount Pictures Corporation and Overture Films,LLC.

 子どもの頃にSF小説をよく読んだ。小説で描かれていた未来社会では人間に代わってコンピューターが社会を支配しており、人間たちは奴隷のように扱われていた。子ども頃の自分は「コンピューターを発明した人間が、逆にコンピューターに支配されるなんてバカじゃねぇの」と笑ったが、今やSF小説で描かれたまんまの世界になりつつある。

 小説の挿絵には冷血なコンピューターや邪悪そうなロボットが登場していたが、現実社会はコンピューターの代わりに、顔のない”資本主義”という経済システムが世界中の人々を支配している。働けば働くほど幸せになるはずだった経済システムは、人間の物質欲をエネルギーにして、もはや人間のコントロールを撥ね付けるほど巨大化してしまった。働けば働くほど、お金だけでなく体力や考える気力までも吸い上げてしまうモンスターと化している。みんな、おかしいと気付いているのに、「何がおかしいのか?」「誰におかしいと言えばいいのか?」の見当がつかず、言葉を呑み込んでいる。そんなとき、「NO!」と言うメタボ系アメリカ人が現われた。”お騒がせ男”の異名をとるドキュメンタリー監督マイケル・ムーアだ。

 これまでムーア監督は、デビュー作『ロジャー&ミー』(89)で故郷フリントに工場を構えるゼネラルモーターズのロジャー・スミス会長に、『ボウリング・フォー・コロンバイン』(02)で全米ライフル協会の当時会長だった俳優チャールトン・ヘストンに突撃インタビューを敢行した。『華氏911』(04)では石油利権に手を延ばすブッシュ政権に噛み付き、『シッコ』(07)ではヒラリー・クリントンが”医療皆保険制度”を提唱したものの、医療・保険業界の横やりによって頓挫したことを糾弾した。ムーア監督の戦う相手は、本宮ひろ志の漫画のようにどんどん巨大化していく。しかし、今回のムーア監督の敵はあまりに強大だ。なにせ、ソ連の崩壊以降、全世界を支配する”キャピタリズム(資本主義)”と相撲を取ろうというのだ。

 ドキュメンタリー映画『キャピタリズム』は世界唯一の超大国となった米国の企業社会で起きている、笑うに笑えないエピソードを間断なく紹介していく。ごく普通の会社員に企業側がこっそり保険を掛け、その社員が亡くなったら遺族ではなく企業側が保険金を受け取る”くたばっちまった農夫保険”がまかり通っていること。そして、その保険に入っている企業名は秘密になっていること。年収200万円で働くパイロットが少なからず存在し、彼らはアルバイトでくたくたになっていること。墜落事故が起きても世間から同情されるようなパイロットの操縦する飛行機には搭乗したくないぞ。そんな背筋の凍るような事実を、ムーア監督は唯一の武器であるカメラを片手に精力的に追っていく。

 当然、ムーア監督はそんな悲惨な社会にした元凶を探っていく。経済アナリストたちが何時間しゃべっても説明できないことを、ばっさばっさと斬っていく。レーガン政権以降のホワイトハウスはウォール街の傀儡政権が続いていること、さらに投資銀行や保険会社がブッシュ政権の終わりに駆け込み的に暴利を貪ろうとして金融危機を引き起こしたことを告発する。金融危機を引き起こしたヤツらは公的資金(税金)で救済された上に、1億円以上ものボーナスを受け取っているとは! 多分、これは米国だけの出来事ではなく、日本でもほぼ似たようなことが起きているはずだ。

RIMG1652.jpg連合・古賀伸明会長とムーア監督ががっちり握手。
ムーア監督がデビューして20年、連合が結成して
20年。働く人間が団結する重要さについて日米
で確認しあった。組合員675万人が映画館に足を
運べば大ヒット間違いなし!

 マイケル・ムーア監督が初来日を果たし、12月2日、日本労働組合総連合会(連合)の古賀伸明会長とのトークイベントが行われた。トークの中でムーア監督は「英語の原題である”Capitalism:A Love Story”の”A Love Story”は、資本家たちは僅かばかりのLoveも労働者に対して持っていないこと。また、資本家たちは自分たちのお金を愛するだけでは足りず、我々のお金さえも愛そうとしていることを表したもの」だと”お金がもっと欲しい病”に取り憑かれた裕福層を皮肉った。

 ムーア監督の父親だけでなく叔父もゼネラルモーターズに勤め、自動車業界初となる1937年のフリント工場で起きたsit down(座り込みストライキ)に参加し、自動車工労働組合の結成に関わっていたというムーア一家の歴史についても語った。その話を聞いた上で、失業者が溢れる故郷フリントの惨状を描いた『ロジャー&ミー』や更地になったフリント工場跡を父親と一緒に訪ねる本作を見直すと、より胸に迫るものがある。

 ムーア監督は本作のクライマックスで触れる、フランクリン・ルーズベルト大統領(1882~1945)が1944年に行なった演説についても説明した。

「米国人の多くは、ルーズベルト大統領の最後の演説を聴くと泣くんです。ルーズベルト大統領はすでに自分の死期を悟っていて、それゆえに失業保険や社会福祉を謳った”第二の権利章典”の理念をアメリカ国民に語ったんです。今の米国人がその演説を聴いて涙するのは、ルーズベルト大統領の理念がその後、日本やドイツ、イタリアといった敗戦国で実現したのに、肝心の自国ではそれらの社会保障は実現していないという事実に悲しみを覚え、涙を流すのです」

 ムーア監督によると、ルーズベルト大統領の死後、彼の薫陶を受けた部下たちによって、焼け野原状態だった日本に福祉主義、労働基本権が盛り込まれた民主憲法が植え付けられたということだ。う~ん、ムーア監督が誠実そうに語ったこのくだりは、日本人としては複雑な胸中ですよ。ルーズベルト大統領は原爆開発計画にGOサインを出した上に、太平洋戦争中は日系人を収容施設に隔離した責任者ですから。日本と米国は、ほんと捻れ曲がった友情で結ばれた関係ということですか。

 また、ムーア監督は『キャピタリズム マネーは踊る』という邦題についてもコメントした。「マネーは踊る、Money is Dancingという副題が付いていますが、これって英語としては全く意味のない言葉。奇天烈すぎて笑えます。例えば、『水が笑っている』みたいに意味がないんです。ドラッグ患者がラリッて口にしているようなフレーズですよ(笑)。断っておきますが、日本の配給会社の方たちは、みなさんいい人ばかりです。でも、あんまり面白い副題なので、日本版のポスターを100枚ほどお土産に持って帰ろうと思います」

 連合の会長とのトークなので、もっと組合関係のガチガチの話になるかと思えば、作品同様にユーモアを交えた話しぶりはさすがムーア監督ですな。連合の支持政党である民主党の先生がた、”友愛”の精神に満ちた鳩山内閣のみなさんにも『キャピタリズム』をぜひ観てほしいものです。

 子どもの頃に読んだSF小説では、未来社会はシステムに支配され、人間はロボット同然にこき使われていた。まさか、そのSF小説で描かれていた人間のひとりが大人になった自分だったとは、子どもの頃は夢にも思わなかった。暴走を始めた”システム”を早く制御しないとマジでヤバいよ!
(文=長野辰次)

capitalism02.jpg

『キャピタリズム マネーは踊る』
監督・脚本・製作/マイケル・ムーア 製作/アン・ムーア 製作総指揮/キャスリーン・グリン、ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン 字幕監修/森永卓郎 配給/ショウゲート 2010年1月8日(金)までTOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ梅田にて公開中。1月9日(土)より全国拡大ロードショー <http://www.capitalism.jp/>

ロジャー&ミー

映画を見たあとは、コレ。

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最終更新:2012/04/08 23:03
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