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永山薫の『コミック怪読流』第8回

他人のゼニカネ話ほどオモロイものはない! 読めば身体が痒くなる『アヴァール戦記』

avare_.jpg『アヴァール戦記』第1巻(新潮社)

マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第8回は中村珍の『アヴァール戦記』です!

 中村珍の『アヴァール戦記』第1巻(新潮社)を読んでいたら、なんだか身体が痒くなってきた。

 第3話「お風呂の話」のくだりで、中村珍が26日間、お風呂に入っていないことを明言した瞬間、身体のあちこちがムズムズし始めた。

 俺は半世紀以上漫画を読み倒してきたわけです。漫画読んで、鳥肌を立てたり、すすり泣いたり、笑い転げたり、感動したり、怒り狂ったり、オナニーしたり、居眠りしたり……とまあ、いろいろなリアクションを体験してきたんですが、痒くなったのは初めてですよ中村珍さん。

 さて、本書は中村珍初のエッセイ漫画。タイトルからファンタジー漫画だと思い込んでいる人もいるだろう。まあ、俺も連載を読むまではそうだった。

「おおっ、あの『羣青』(小学館)の中村珍がファンタジーか!」

 なぁんて無邪気に驚いていた自分が今となっては懐かしいぜ。

 さらにオメデタイことには、初めて「月刊コミック@バンチ」(新潮社)の連載を読んだのが震災後。

「震災で本編どころじゃなくなったんで急遽ルポ漫画にしたんだな。うんうん」

 なぁんて思い込んでいた(この震災体験部分は独立して読んでも秀作である)。

 その頃未読だった連載第1回において作者本人が、

「ファンタジー漫画は馬とか剣とか城とか出てくりゃかっこいいけど手がかかるんですねー」「その分描くのに時間かかるからアシスタントさん呼ぶでしょう? そーするとまぁ めちゃくちゃ¥かかるわけですよ……」「だから今回みたくエッセイの仕事とかオイシイですよ一人で描けるし」

 と、ファンタジー漫画家とエッセイ漫画家とその愛読者を全員敵に回すようなことをのたもーていたことも知らずに勘違いしていたのである。

 タイトルの「アヴァール」は5~6世紀に東ヨーロッパを支配した遊牧民族「アヴァール(Avars)」とはまったく関係がない、フランス語でケチ(Avare)という意味。Google翻訳してみたら「守銭奴」と出た。語尾がsだったら最近流行の歴史ファンタジーだったろうに語尾がeでは大違い。テーマはケチ。それもハンパなケチっぷりではない。ケチである「自分」の姿を露悪的に戯画化して晒して原稿料を取るってんだから、転んでもタダでは起きないくらい徹底しておられる(つーか、描くのが楽だからという理由で転んで突っ伏したままの自画像が異様に多いのも笑える)。

 基本的にどんなテーマでもエッセイ漫画は面白い。それはオレタチの……といって悪ければ、俺の覗き趣味、ゴシップ嗜好にマッチするからだ。他人の幸不幸を安全な観客席から眺めて、「私生活もカッコイイなあ」とか「深いなあ」とポジティブに感動感心しちまったり、「いやあ家族も大変だなあ」とか「この人、思ってた以上にナルシーだったのね」とか「バッカじゃねーの」とか邪悪で鬼畜なツッコミを入れたりできる。作品を通して、その作者に優越感も劣等感も共感も反発も抱くことができる。早い話、エッセイ漫画って私生活の見世物化という側面が大きくなるほど面白いわけだ。とゆーと、「私生活を切り売りするなんて」と眉をひそめる良識人も多かろうが、俺的には売り物になるようなオモロイ私生活を送っているエッセイ漫画家さんたちには心底嫉妬するぞ。『中国嫁日記』(エンターブレイン)とか、ホントにウラヤマシイ。しかも、メッチャ売れてんだから許せないよね。

 とはいえ、「エッセイ漫画」が「リアル」であるという保証はどこにもないというのが大前提。アホな人はその辺がわかってない。いいですか、漫画家や小説家は人をだまして面白がらせてナンボの商売ですよ。エッセイ漫画といえども美化したり、自己戯画化したり、キャラ作ったり、演出したり、読者を挑発したりするのは当然の話。100%のリアルを期待する方が間違っている。

 だが、『アヴァール戦記』のキャラとしての中村珍にリアル中村珍成分が相当入っているだろうことは想像に難くない。風呂話もスケジュール管理が下手な漫画家にありがちな「あるある」だし、漫画制作とカネにまつわる話も俺の知る業界事情から類推しても「単なるホント」だ。帯文の「漫画業界大激怒!!!」「『羣青』の中村珍が開けてしまったパンドラの箱に関係者戦慄」「やってはいけない禁じ手満載。赤裸々な日常が明らかに!」なんてのはかなり大袈裟だけど、「あ、やっちゃった」感はある。

 例えば、『アヴァール戦記』の原稿料がページ1万3,000円であることも明記してある。ゼニカネとケチの話を描くのなら、まず基本収入である原稿料を晒すのは当然だろう。とはいえ、漫画家の多くは自分の原稿料の多寡を公開しない。気になるのは税務署よりも同業者の視線だろう。嫉妬を買うのも格下に見られるのも、どっちもうれしくない話だ。それにページ単価がわかれば、その漫画家の収入は簡単に把握できる。法人にしていない漫画家の月収は原稿料×月産ページ数だ。単行本を出している場合は、その年の単行本刷り部数×定価×印税10%÷12を足す。アニメ、ゲーム、フィギュアなどの権利ビジネスは、ほとんどの漫画家には関係がない。

 『アヴァール戦記』は通常12ページ。15万6,000円のお仕事だ。他にも連載を持っているからトータルの月収は100万円弱というところか? 後で触れるがこれは決して高収入ではない。

 第1話で中村珍は担当編集者に、

「絵とかそんな込み入ったヤツ描かなくていいんですよね?」

 と言ってのける。編集者も編集者で、

「あーもーあーもーテキトーでいーです!」

 なんてアッサリ承認してしまう。当然のように中村珍は実践する。徹底して省力化をはかる。背景の白いヘニョヘニョの絵で、1ページ9分51秒でやっつける。時給換算7万8,000円のお仕事。確かにこれはオイシイ。これを俺みたいに「ひっでえな」と笑い転げる読者もいるが、挑発ネタとして消化できない真面目な読者もいるだろう。確実に怒る読者もいる。そのリスキーがまた笑いを倍加させる。

 さらに現場のケチネタも投入する。アシスタントの作画の調子が悪い時には食事は安いカップ麺しか出さない。戦力にならない臨時アシには残り物のタッパーカレーだ。その上、給料払ってんのに食事まで支給するのは変だとグチをこぼす。友達のイラストレーターには不要品を売りつけて、なおかつページを埋めさせる。〆切がヤバくなれば、出来合いの背景トーン、ストックしてあった背景を容赦なく使う。

 このあたりが帯文に言う「禁じ手」だ。よく言えば省力化、悪く言えば手抜きである。異論は多々あろうが、たとえクオリティーを落としてでも連載を落とさない。これがプロの漫画家の鉄則だ。いやまあ、まったくエラソーなことは言えない俺ですけど、業界のオヤクソクではそうなっております。たとえ、鉛筆の下書きでも入稿できないよりははるかにマシ。そういう世界なのだ。

 そんなわけで、多かれ少なかれ漫画家は省力化を余儀なくされる(まったく省力化の必要がない人もいるが)。背景トーン、ストック原稿、コピー機とスキャナーとPhotoshopを駆使する。背景や小物の使い回しなんてかわいいほうで、キャラクターも拡大縮小コピーしてヘアスタイルを変えて使う超エコロジーな某大家もいたし、かつては不動産チラシの建物の写真をコントラストきつめにコピーして背景に使ってらっしゃった猛者もいた。コピーする時間すらもったいないと旧作の原稿から背景を切り取って使ったため復刻版が出せない漫画家もいる。

 漫画家という職業に甘い夢を抱いている漫画家志望者や純真な漫画ファンには申し訳ないが、そーゆーもんなんである。もちろん夢も幻想も必要だ。それ抜きに漫画なんてショーバイは成り立たない。ただし、どんな業界でも現実は甘くない。収入ピラミッドのテッペンから20%のポジションにいる漫画家以外はほぼ自転車操業だ。例えば、サラリーマンで年収1,500万円というと大手企業の部長クラス以上だろうが、漫画家だとワリと普通にいる。ただ、これは年収ではなく年商と考えたほうがいい。大雑把に言って、年商から経費を引いたものが漫画家の年収だ。俺の知り合いの場合、年商1,500万円で年収300万円という漫画家がいる。他のもう少し売れている漫画家のケースで、年商3,000万円弱で経費は1,500万円強。年商が倍でも経費は200万円の差しかない。つまり、経費のほとんどが人件費だ。要するに漫画家は表現者であると同時に、下請けの家内制手工業の親方なのである。使い切れないほど稼げる漫画家ならカネとか権利の話はマネジャーに任せておけばいいが、そうじゃない80%の漫画家はコスト意識なしにはやっていけない。親方の肩にはアシスタントと呼ばれる職人さんたちの生活がかかっている。

 その点、中村珍はコスト意識のはっきりした親方だと言えるだろう。ただし、この人のコスト感覚は少なくとも漫画を読む限りにおいては、どこか底が抜けている。アシスタントの食事の件も、調子良く仕事が進めば、銀座から寿司の出前を取るし、安く仕上げるはずの『アヴァール戦記』なのに細密でカッコイイ「ファンタジー漫画」絵のコストを説明するために実際にアシスタントを駆使して描き上げたはいいけど、大赤字を出してしまうし、バケツ一個を買わなかったばかりに震災の漏水事故で呆然となるし、一言足りないばかりに時間とカネを大幅にロスしてしまったりもする。

 さすがに震災の120万円もの被害について、自己責任というのはムチャだが、それすらも、中村珍の「ケチ→ギャフン」な宿命のように感じられてならない。先述のように、どこまでがリアルかは別の話としても……。

 『羣青』という大きな連載が完結した今後、中村珍の『アヴァール』はより切実なものになるはずだ。秋に出る第2巻では一体どんなことになっているのだろうか? ファンである俺はヤキモキし、鬼畜な俺はワクワクしているよ。
(文=永山薫)

アヴァール戦記 1

評価はわかれますが。

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最終更新:2012/10/11 16:23

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