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社会がみえる映画レビュー#27

『君たちはどう生きるか』パンフレットに酷評、それでも興味深い宮崎駿の“予言”

『君たちはどう生きるか』パンフレットに酷評、それでも興味深い宮崎駿の予言の画像1

 現在公開中の『君たちはどう生きるか』の劇場パンフレットの評判がよくない。その理由の筆頭は「内容が薄い」ということ。SNSでは「このスカスカぶりで820円は高すぎ」「表紙が(鳥の)サギなだけに詐欺」「お客をナメている」など、容赦のない酷評も寄せられているのが現状だ。

 また、本作は未だに予告編もテレビスポットも新聞広告も存在しない「宣伝をしない宣伝」が話題を集めていた。パンフレットが劇場公開スタート時の7月14日には販売されておらず、異例のほぼ1ヶ月後の8月11日の発売となったのも、情報や場面写真の流出を避けるための措置と推測されている。そこまで「待たされていた」ことも、購入者から不満が出る理由のひとつだろう。

 そのことを踏まえても踏まえなくても、筆者個人としても今まで購入したパンフレットの中でワースト級の内容だった。だが、それでも宮崎駿監督が記した「長編企画覚書」の項は興味深い内容であるし、場面写真すら世に出ていない現状では一定の価値があることも認めざるを得ない。パンフレットの内容の一部に触れる形で、その理由を記していこう。

※以下、『君たちはどう生きるか』のパンフレットの内容の一部に触れています。

ビジュアルブックとしてもイマイチな作り

 内容の薄さが特に酷評されている本パンフレットだが、文章がまったく載っていないわけではない。序文としての作品概要、作品解説という名のあらすじ、そして宮崎駿監督による「長編企画覚書 劇場長編を造るか?」がそうだ。

 中盤のイラストではサギ男の全身像や、主人公・眞人と父・勝一の簡単なキャラクター概要も記されている。終盤では、米津玄師による主題歌「地球儀」の歌詞と、声の出演者とスタッフのクレジットも載っていた。それらの確認のためだけでも、購入の価値は確かにある。

 だが、それ以外では、誰ひとりとしてインタビューも、製作経緯などの背景を語る項目もまったくない。何しろ『君たちはどう生きるか』の本編が難解で不可解なところが多く、解説や設定資料を読みたいタイプの作品でもあるので、「読みたかったことがまったく載っていない」と厳しい評価が寄せられるのも当然である。

 いっそ「場面写真が大半を占めるビジュアルブック」と割り切りたくもなるが、その点でも出来ははっきり悪いと思う。後半が場面写真の連続なのはまだしも、ページいっぱいに“真横”で掲載されていたりして、本を横向きにすることを強要されているかのようで見づらい。さらに見開きいっぱいに場面写真が掲載されているページでは下に余白ができてしまっていて、その余白に劇中のアイテムがちょこんと置かれていたり、はたまた何もなかったりと一貫性にも欠けていた。レイアウトそのものに、もっと工夫の余地があっただろう。

 また、現状では予告編どころか場面写真が1枚たりともネット上で提供されていないため、映画館で本編を観る以外では、公式に確認するにはこのパンフレットを購入するしかない。だからこそ購買欲が刺激されるのだろうが、実際の内容がこのありさまでは、「殿様商売」的な反感を買ってしまうのも致し方ないだろう。

※追記:8月18日より「常識の範囲でご自由にお使い下さい」という鈴木敏夫プロデューサーからのメッセージとともに、場面写真14点が公開された。

https://www.ghibli.jp/works/kimitachi/#frame

宮崎駿のこれからの世界の予言

 そうであっても、宮崎駿による「長編企画覚書 劇場長編を造るか?」は興味深い。例えば、自身の80歳に近づこうとしている年齢を気にしつつ「問題はこれからの3年間に世界がどうなっているのか」と記し、「今の、ボンヤリと漂っているような形のはっきりしない時代はおわっているのではないか」「もっと世界全体がゆらいでいるのか」「戦争か大災害か、あるいは両方という可能性もある」と予想をしているのである。これが、2016年7月1日のことだ。

 実際の『君たちはどう生きるか』は3年どころか7年の歳月をかけてやっと完成した(ここに載っている手書きのスケジュールも味わい深い)のだが、その間には言うまでもなく新型コロナウイルスのパンデミックがあり、ロシアによるウクライナ侵攻も起きて世界は激変した。「世界全体がゆらぐ」「戦争と大災害の両方」というのも当たらずといえども遠からず、まるで予言のようにも思えてくるほどだ。

時代に迎合した映画は作らない

 そして、宮崎駿はこの時代に3年がかりの映画を作るとしたら、どんな形の映画が望ましいかとも考えた。「うんと平和な映画」として例えば「トトロIIは可能か?」と『となりのトトロ』の続編の可能性に言及しているのも興味深いが、「時代に迎合した映画は作ってはならない」と結論づけているのも迫力を感じさせる。

 時代や世相を鑑みながらも、そこに引っ張られることなく、作るべき映画を作る。その宮崎駿の気概が表れたのが、平和とは真逆の「戦時中を舞台にした映画。時代を先取りして、作りながら時代に追いつかれるのを覚悟してつくる映画」と記された通りの『君たちはどう生きるか』なのだろう。具体的にどういう点が「時代を先取り」にしたのかは判然としないが、それは前述した通りの、映画を作っているうちに変わっていく世界を見据えてのことなのかもしれない。

 さらに、宮崎駿は「人非人になれるなら、日清戦争の黄海海戦を映像化したいが、これは個人の趣味だ。ダメ」とも言及している。思えば、『風立ちぬ』ももともとは宮崎駿自身が「個人的な趣味」と自覚して描いていた漫画だったのだが、鈴木敏夫プロデューサーがアニメ映画化を提案してきたため「鈴木さんはどうかしている」と返したことがある。その宮崎駿本人が、やはりというべきか、個人の趣味を映像化する者は人でなしとさえ思っているというのも面白い。

「またゾロ手を出す」は誤植か?

 余談だが、この「長編企画覚書」には誤植と思われる箇所がある。それは冒頭部の「年齢を理由に打ち止めを世間に宣言した者が、またゾロ手を出すのはいかにもみっともない」という文言。宮崎駿が引退宣言と撤回を繰り返していることは周知の事実であり、その自己批判的な言及(その後も続くのが味わい深い)ではあるのだが、“ゾロ手”というのは聞いたことがないし、ゾロ目の間違いだとしても意味がよくわからない。

 おそらく、これは“ゾロ”をカタカナで表記するのではなく「またぞろ、手を出す」と表記するのが正しい。書き手が「またしても」を意味する「またぞろ」という言葉を認識できなかったのだろう。ちゃんとしてもらいたいものだ。

雑誌「SWICH」や他の映画のパンフレットへの期待

 8月20日発売の雑誌「SWICH Vol.41」では「ジブリをめぐる冒険」と題して全80ページの特集が組まれており、『君たちはどう生きるか』については作家・池澤夏樹が聞き手となった鈴木敏夫へのインタビューの他、作画監督の本田雄と主題歌を担当した米津玄師へのインタビューなども掲載される。今回のパンフレットの内容にがっかりした方は、こちらに期待するのもいいだろう。

 そして、劇場パンフレットは、本来であれば多数のコラムやインタビューや解説により映画の理解が深まる上に、映画を観た体験を物理的に保存することができる、日本独自の素晴らしい文化であると思う。

 例えば、現在公開中の映画では『バービー』と『リボルバー・リリー』のパンフレットが、その充実した内容に称賛の声が相次いでいる。この『君たちはどう生きるか』だけで日本のパンフレット全般の良し悪しが判断されてしまうのは忍びないので、ぜひ他作品のパンフレットにも目を向けていただければ幸いである。

ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2023/08/18 14:53
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