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萱野稔人と巡る超・人間学【第6回】

萱野稔人と巡る【超・人間学】「宇宙生物学と脳の機能から見る人間」(後編)

体外離脱と世界観の変化

(写真/永峰拓也)

吉田 脳が発達したがための問題ということでいえば、人間の“精神”や“意識”も重要です。人間という生命を物質的な側面から見ることも大事ですが、心療内科医として私はこちらも見落としてはいけないと思います。人間の精神構造ということに関しては、まだその糸口しかわかっていませんが、心の病の治療を通し、日々、人間の“精神の危うさ”みたいなものを実感しています。例えば、鬱病などメンタルの病から回復するプロセスの中で、患者の人格がまったく違うものになっていく。こうしたことは何度も経験していることなんですね。一番衝撃を受けたのは、私が医学生の頃です。とてもお世話になっていた大学教授が髄膜炎になって、人格が一変しました。教授は素晴らしい知性と人格の持ち主で、私も大変尊敬していましたが、入院中は性的に下品な冗談をのべつ幕なしに言うようになって、突然踊りだすような奇行を繰り返すなど、まったく違う人間のようになっていました。これは髄膜炎の症状のひとつで、病気が治ればまた元に戻ったのですが、人格や精神というものは、揺るぎなく絶対的なものではないと、そのとき実感しました。

萱野 身体の状態によって、人格や精神もまったく変わってしまうということですね。

吉田 ところで、萱野先生は“幽体離脱”を体験されたことはありますか?

萱野 ありません。それはどのような感覚ですか?

吉田 正しくは“体外離脱体験”というのですが、自分の意識が体から抜け出て第三者的な視点で外から自分を見るような感覚です。私はこれまでに2回、体験しています。一度目はNHKのアナウンサー時代、テレビ番組の「シャチと仲良くなる」という企画があったのですが、その撮影でシャチに投げ飛ばされて頭を強打してしまったんです。そのとき、体外離脱を経験しました。とても生々しくリアルで、ほとんど信じていなかった超常的な現象について「あってもおかしくない」と感じるようになったのですね。それから人生観が一変して「死ぬまでにこの世に何かを残したい」という意識が芽生え、結果的に政治家を目指して加藤紘一先生の第一秘書になりました。その当時は加藤先生を総理大臣にして、ゆくゆくは自分も……と本気で考えていましたよ。

萱野 頭を強打する、という身体への刺激によって、世界観そのものまでもが変化してしまったと。

吉田 その後、脳の頭頂葉と後頭葉が隣接する“角回”という部位を刺激すると体外離脱体験が起こることがあるという研究論文を読んだのです。そこで試しに自分で角回に磁気刺激を行ってみたところ、シャチに投げ飛ばされたときとまったく同じ体外離脱体験が起き、それで再び人生観が変わってしまいました。最初の体外離脱も超常的な神秘体験などではなく、脳が生み出した幻想に過ぎなかったのだと悟って。それ以降、良くも悪くも自分の人格、自我といったものも、装置としての脳が生み出している現象に過ぎないという冷めた感覚がずっとあります。

萱野 確固とした自我や人格というものは、脳が生み出した虚構に過ぎないのではないか、ということでしょうか?

吉田 そういった自己イメージや世界観を作り出す自我そのものが、私には疑わしいものに感じられます。先ほどもお話ししましたが、鬱病の治療前後で別人のように人が変わることは珍しくありません。メンタルの病を抱えていない人でも、体調が悪くなれば憂鬱になるし、何か嫌なことがあればイライラもします。そういうときの自分と楽しいことがあってワクワクしているときの自分、その2つは果たしてまったく同じ自分であるといえるのか、そういう疑問があるのです。

萱野 意識は身体の状態によって変わり得ると同時に、環境によっても変わりますよね。具体的な環境の変化と意識への影響についてはさまざまな研究がありますが、環境によって意識や考えが変わるというのは経験的にも多くの人が納得することだと思います。その点で言えば、自我や意識を作り出す脳は単体で完結しているわけではありません。それは身体を通じて外の環境ともつながりながら、意識や精神といったものを生み出しています。

吉田 人間の脳は“外側”とのフィードバックで機能している装置なんですよ。この脳の外側には、体内と体外の2つがあります。私たちの世界で注目されているのは“情動末梢説”と呼ばれるもので、人間の原始的な感情=情動は脳で自動的に発生するものではなく、“末梢”で起こる反応が先にあるというものです。末梢とは、頭蓋骨に収まっている脳を“中枢”と呼ぶのに対し、その外側を指すものです。

萱野 具体的にはどういうことでしょうか?

吉田 この分野の研究でエポックメイキングだったのは、“デュシェンヌ・スマイル”です。これは口元を上げるだけじゃなく、目尻が下がってシワができる笑顔のこと。この表情を意識的に作ると、たとえ作り笑顔であっても、表情筋の変化が脳にフィードバックされて、本当に“楽しい”という感情が後から生まれるんです。また、逆に目尻のシワをなくそうと眼輪筋にボトックス注射をすると、望んでいた美容効果を得られたのに、表情筋が動かないために楽しいという感情が生まれにくくなって、鬱が生じやすくなるという研究論文も発表されています。つまり、人間の感情は脳だけで創られているのではなく、末梢からのフィードバックも大きな役割を果たしているんですね。私のクリニックでも、鬱病患者に対し身体の動きのフィードバックを重視した運動療法を行い、大きな治療効果が出ています。

萱野 もう一方の“体外”からのフィードバックは、どのようなものとして考えられますか?

吉田 人間の脳はコンピューターにたとえられることが多いですが、どちらかというとスマートフォンに近いと私は考えています。単体で情報処理を行うマシンではなく、他者とのコミュニケーションツールであるスマートフォンのように、人間の脳は無意識のうちに周りの人間の脳と相互のネットワークでつながり合って働いているということです。例えば、今私がこうして話していることは、萱野先生が目の前にいて、こちらの話に頷いたり、表情を変えたり、手を動かしたりする挙動のひとつ一つに私の脳が反応し、それが話の展開や口調にまで影響を与えてアウトプットされているわけです。この周囲の人間とのフィードバックというのは脳にとって非常に重要なんです。例えば何かのきっかけで引きこもりのように他者と関係を断った状態になると、脳と脳が無意識のうちに行っていた他者とのネットワークが働かなくなり、脳が隔絶されてしまうので、引きこもりから抜け出せなくなってしまうのです。

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