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経産官僚が「公文書は存在しない」と回答! クールジャパン政策の腐敗を暴いた“衝撃の書”

2015年のカンヌ映画祭における「ジャパンデイプロジェクト」。(写真/Getty Images)

 日本のクールジャパン政策、中でも映画やアニメなど映像産業の振興政策がうまくいっていない――。そんな話を耳にしたことがある人は多いはずだ。しかし、一体何が行われ、どこがダメなのか、いくらの税金がどんな団体に流れたのかを具体的に知っているだろうか?

 そして実は、昨今メディアやSNS上で散々批判されてきた「日本は文化産業に対する助成が貧弱すぎるし、諸外国と比べて効果の薄い施策ばかり」「公文書の作成・管理が適切になされておらず、問題の検証ができないようになっている」という歪んだ構造が、ここにもある。

 クールジャパン政策の問題点を体系的に記述し、そこに蔓延する不正に迫った『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー 経産官僚の暴走と歪められる公文書管理』(光文社新書)という一冊の本が先頃出版された。その著者であり、国内外で映画の企画開発に携わるプロデューサーのヒロ・マスダ氏に、映像業界以外の人間もなぜこの問題を無視してはいけないのか、腐敗の原因と解決への糸口を訊いた。

ヒロ・マスダ著『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー 経産官僚の暴走と歪められる公文書管理』(光文社新書)

税金の無駄遣いと情報公開の拒絶

――世間で「クールジャパン政策はけしからん」と批判される際には、「そもそも娯楽産業に税金を使うな」「現場で制作に携わるアニメーターや映画、ドラマのスタッフにお金が落ちないのが問題だ」「ビジネス的に無意味な政策だ」など、人によってレイヤーの異なる論点が混在して語られがちです。まず、最初の「エンタメに公的支援はいらないだろう」という点に関して、マスダさんはどう答えますか?

マスダ 反論はできません。「映画様だ、アニメ様だ、我々は支援されて当然だ」と主張するつもりはありません。

 ただ、例えばイギリスでは、クリエイティブ産業に対する公的支援が何人の雇用を生み、投資に対するリターン(税収)がいくらになったのかが検証され、プラスの成果が確認されています。こうした結果を見る限り、クリエイティブ産業は日本でも経済を牽引し、雇用を作れる分野だと私は思っています。

 ところが、経産省のクールジャパン政策では「官民ファンドが60億円を出し、ANEWという組織が日本のIP(知的財産)発のハリウッド映画を作ります」とうたって進められた案件があります。実態はどうか? 海外映画化権の契約を知る者であれば、まったくデタラメな内実しかないことは一目瞭然で、なんの成果も生み出していません。

 諸外国と比較すると、この分野に対する政府支援として「絶対にやってはいけない」次元の誤った政策が、日本でだけまかり通っているのです。まずは、こうした税金の無駄遣いを根絶して意味のある政策に転換し、この産業の成果を広く国民に理解してもらえるようにしたいのです。

――そもそも、無意味な政策に税金を投じたこと、成果を生み出さない特定団体に資金が流れ続けたことが問題なわけですね。

マスダ 加えて、法や制度の抜け穴を突くような行為が経産官僚によって行われていることも問題です。

 クールジャパンには、形式的には適正に税金や公的資金が使われているための担保となる法律、交付要綱が備わっていることになっています。ところが、経産官僚によって法を超えた、法の解釈を変えたような行為がなされているのです。

 税金の無駄遣いが発生していることを客観的事実から指摘しようと情報開示請求をしても、「口頭のみの手続きだった」「目視のみの立入検査だった」など、公文書や記録が存在しないのだという回答を連発し、平然と「情報公開はしない、でも我々は正しいのである」と言ってのける態度には怒りを覚えました。

海外メディアが問題視する政策の失敗

――「官僚に期待するな。映像産業が現場のがんばりでなんとかしろ」と思う方もいるでしょうが、政府による公的支援が機能しないことで具体的に日本の産業・雇用にどんな不利益が生じていますか?

マスダ インド、フランス、カナダ、アメリカなどの映画プロデューサーたちみんなが口を揃えて言うのが、日本の政府支援のなさです。

 現在のクリエイティブ制作の意思決定においては、撮影・制作を検討している複数の国や都市のどこで政府支援があるか/ないか、あるとすればどのくらいの金額、パーセンテージが助成されるのか、といったことが考慮されます。支援がなければ撮影が行われる場所として選ばれず、選ばれなければ日本にお金は落ちません。

 国内のある制作会社の関係者も、この問題を嘆いていました。日本の会社が海外案件を受注しようとするとき、ライバルとなるのは例えば韓国の制作会社です。価格は日本と同等、もしくは若干安い程度。ただし、韓国には政府支援がついているため、韓国に発注したほうが結果的に安く済みます。この支援の有無の差によって、日本の制作会社が国際競争で勝てない事態が発生しているそうです。

――国内企業が受注の機会を失い、雇用の機会損失になり、外国のスタッフと一緒に作品をつくる経験を積めないことで、日本の映像業界が国際競争力を失っていく事態にもつながるわけですね。

マスダ 日本の映像業界がポジティブに変わるためには、エンタメに関わる金融の多様化――さまざまな資金調達手段が用意されることによって、多様な作品の制作と外国企業からの制作受注ができるようになっていくこと――が必要だと思います。詳しくは本に書きましたが、ここに効果がある政府支援の方法がプロダクション・インセンティブ(自国や地元都市への制作費消費や地元雇用への投資に対し、一定割合を助成する制度)や公的フィルムファンドです。そうした形で資金が産業現場に回るようになれば、エンタメ金融の問題のいくつかは解決できるはずです。

 実は、このようなクールジャパン政策の失敗に関する取材にもっとも熱心なのは海外メディアです。海外のエンタメに触れている記者のほうが、国際的に見て「本当に問題である」と認識しやすいのかもしれません。本で扱ったANEWについては最近でも「ハリウッド・レポーター」(https://www.hollywoodreporter.com/news/japanese-government-backed-company-focused-hollywood-remakes-sold-venture-capital-firm-1009263)や「ヴァラエティ」(https://variety.com/2018/film/asia/japan-tiger-and-bunny-1202828601/)といった海外大手エンタメ系メディアが報じていて、私もコメントを提供しています。

――国内で閉じた問題ではなく、日本の恥ずべき政策が国際的に知られ、問題視されている、と……。

クールジャパンに金を使って省益や利権に誘導

――マスダさんの著書を読むと、クールジャパン政策(日本の文化産業振興政策)が以下のように計画、実行、検証のすべてのフェーズに問題があることに愕然とします。

・諸外国のそれとはかけ離れた、無意味かつ制作現場に益をもたらさない政策であること。

・予算は下りたにもかかわらず、ろくに実行されなかったこと。

・事後の検証が経産省によって自発的になされないばかりか、公文書が存在しない(作られない)。そして、官民ファンドは「民間企業」であり、そこに投じられる補助金は「民間事業」と位置付けられるため、民間であることを盾に情報公開を拒否でき、第三者による検証が不可能になっていること。

・利益相反や特定企業・団体へのマッチポンプ(利益誘導)が頻発していること

 欧米のみならず、中国や韓国、マレーシア、タイといったアジア諸国と比べても、日本だけがまともな政策ができない原因はどこにあるのでしょう?

マスダ ここまでやることなすこと誤った政策しか生まれていない原因は正直、私にもわかりませんが、行政の構造的な問題が挙げられると思います。

 イギリスのBFI(英国映画協会)、韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)をはじめ、多くの国では産業支援のための政府系組織が一元化されていますが、日本では縦割行政が横行し、各省庁には傘下のナントカ機構、ナントカ法人が乱立し、それぞれ的外れな事業を展開している状態です。

 したがって、クールジャパン政策を一度解体し、組織を一元化して、根本からやり直すことが必要だと思います。

――民間側(映像業界側)が政治へ十分に働きかけなかったから、ピントがズレた政策になったという面はないのでしょうか?

マスダ いえ、そもそも映像産業振興を目的とした会議は日本でも20年前から行われていますし、招かれた有識者はその都度、何が必要かを訴えてきました。

 しかし、根本的に映像産業支援における「公の利益」とは何かを理解していない政府と政府に近い人たちが政策を作っているがゆえに、声が反映されてこなかった。映像産業振興の先に副次的なクールジャパン効果があるのではなく、クールジャパンに金を使って省益や利権に誘導する口実に映像産業振興があるのです。

 私は有識者会議を傍聴したことがありますが、眠そうに座っているだけの政治家、入室すると官僚に椅子を引いてもらって殿様のように挨拶するだけの大臣など、「国民の声を政治に反映する」という意志を感じられない人もいました。

 クールジャパン事業には、法律によって「経産大臣の意見」「経産大臣の承認」が規定されています。にもかかわらず、政権問わず経産大臣がことごとく機能していない。それが、経産官僚の暴走につながったのではないかとも思います。

――問題だらけであるにもかかわらず、マスダさん以外には日本で積極的にこの問題について発信している映像業界人があまり見当たらないように感じます。なぜだと思いますか?

マスダ 断っておけば、文化庁の職員を招いて勉強会を行ったりしている映画関係者や団体はいます。また私自身、過去にこの問題をテーマに学会で講演を依頼されたこともあり、産業界・学術界に疑問視している方はほかにもおられると思います。

 ただ、日本の場合、創作のためのファイナンスの選択肢が限られています。その数少ない選択肢のひとつである政府支援による公的フィルムファンドは、メディア・既得権に関係する企業が仕切っている状態ですから、批判にリスクが伴うと感じている方が多いのかもしれません。

 もっとも、私個人はこの件を追及することで不利益を被ったり、業界関係者からそれをほのめかされたりした経験はありません。

不可解な新型コロナ緊急対策支援のクールジャパン事業

――この本を読んで、クールジャパン政策批判に賛同した読者ができることは何かありますか?

マスダ わかりません。ただ、内閣府の知的財産推進本部が年に一度「知的財産推進計画」を策定する際に、広く国民の意見を募集しています。こうしたところに各々が思う意見を届けることは、変化につながるひとつの手段かと思います。

――マスダさんは今後もこうしたジャーナリスティックな著作活動は続けていくつもりですか? それとも本業に集中するのでしょうか?

マスダ 本の執筆は思っている以上に大変な作業でした。この本を書くのには2年近くかかり、移動中の新幹線、海外出張先でも常に本の執筆を考えている生活でした。これをもう一度できるか? と言われるとわかりませんが、今も続いている問題ですから、この後もネットでの発信などは続けると思います。

 目下、問題視して追っているのは、クールジャパン機構が51億5000万円出資した公的フィルムファンドの「ジャパンコンテンツファクトリー」と、経産省が878億円の予算を付けた新型コロナ緊急対策支援のクールジャパン事業です。

――具体的にはそれぞれどんな問題が?

マスダ 公的フィルムファンドは現在審査請求中で、経産省が隠していた内部決裁文書の開示と、黒塗りにした行政文書番号や日付の開示を訴えているところです。この事業については、経産省が発表した設立経緯や吉本興業との強いつながりに疑問を感じるところがあり、公的ファンドの目的になく、拙著で追ったクールジャパン政策の問題の中核のひとつである、ANEWの手口の繰り返しが疑われる事態も確認しています。

 また、新型コロナウイルス緊急対策支援のクールジャパン事業に対する878億円の補助金は、本の第7章で書いた「カンヌ映画祭と疑惑のクールジャパン補助金」と同系のクールジャパン事業であり、この基金管理事務を1週間の短期間公募、1件の応募を経て委託されたのも、同じNPO法人なのです。

――マスダさんの本によれば、カンヌ映画祭において映画とほぼまったく関係ない「ジャパンパビリオン」を出展し、それが経産省支援事業であったにもかかわらず、情報公開請求をしても行政文書が作成すらされていませんでした。さらには、20億円がNPO法人の広報費に流れ、その経費枠を使った「ジャパンデイプロジェクト」なるものが中止になったのに、「すべて使い切った」と実績表に記載されていた。そうした問題があったのに、ですか……。

マスダ 今度の878億円の補助金は、コロナの影響で海外宣伝機会を失った演劇、音楽イベントに対して、海外宣伝用ビデオ制作を前提とし経費を最大で50%、上限5000万円の助成を行う、というもので、悪くない施策だと感じる方もいるかもしれません。

 ところが、です。コロナの演劇業界の影響については、業界39団体からなる「緊急事態舞台芸術ネットワーク」が立ち上がり、緊急調査が行われました。この調査では公演の中止や延期に伴う損失額などが報告されていますが、クールジャパン補助金が支援するとうたっている「海外プロモーションの機会損失」など一切語られていないのです。

 すなわち、経産省が新型コロナに対する補助金とクールジャパンを紐付けただけで、本当に救うべき窮状の実態に沿っていない施策の可能性が高い。また、一般社団法人CiP協議会という団体が経産省の予算計上の働きかけに協力したそうなんですが、この協議会のメンバーが今回のNPOなんです。

 こちらに関しても現在情報公開請求中であり、今後この事業の実態を把握していきたいと思っています。

ヒロ・マスダ

2001年、単身ニューヨークに渡る。元アメリカ俳優組合(SAG-AFTRA)会員。帰国後、合同会社Ichigo Ichie Filmsを設立し、代表を務める。全編ニューヨークロケの映画『ホテルチェルシー』(09年)の企画・脚本・プロデュースを手がけたほか、現在に至るまでさまざまな国際共同制作の映画企画開発や日本の映画企画開発コンサルタント業務に携わる。

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

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最終更新:2020/06/02 12:12
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