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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.605

殺人犯や精神障害者の社会復帰は許されない? 贖罪の意識が歴史的事業を支えた『博士と狂人』

私生活では問題の多いメル・ギブソンとショーン・ペン

 

元軍医のマイナー(ショーン・ペン)は南北戦争で心を病み、精神病院で暮らしていた。

 米国の良家の生まれだったマイナーは、南北戦争に軍医として従軍。そこで悲惨な殺戮現場の数々を見てきた。戦争が終わっても、マイナーの心が安らぐことはなかった。環境を変えるために英国に渡ったが、マイナーの精神状態は良くはならなかった。アイルランド系の男に襲われる。そんな妄想から、マイナーはロンドンの貧民街で遭遇した労働者を誤って射殺してしまう。精神障害と診断されたマイナーは、刑務所の代わりに精神病院で残りの一生を過ごすことに。有り余る時間と情熱を費やし、マイナーは尋常ではない数の言葉の用例を採集していく。

 マイナーはOEDの編纂に協力することで、社会とのつながりを持つ。そのことで、心の平穏さを取り戻していく。言葉の採集が、独房に閉じ込められたマイナーの生きがいだった。マレー博士から頼まれた語句の用例を見つけるため、大量の図書がマイナーの独房へと運ばれていく。マイナーの献身的な協力のお陰で、OEDの編纂はようやく軌道に乗ることができた。

 マイナーにとって大きな原動力となったのは、“贖罪の意識”だった。マイナーが誤って射殺した労働者には、未亡人のイライザ(ナタリー・ドーマー)と7人の子どもたちが残されていた。ビクトリア朝時代は富裕層が栄華を極める一方、貧富の差が大きく開いた時代でもあった。食べるのにも困るイライザと子どもたちのために、マイナーは自分が受け取る軍人年金を渡そうとするが、イライザはこれを拒否する。頑なだったイライザだが、夫を殺した狂人の哀れな姿を見るために、病院を訪問。独房に篭り、黙々とOEDの編纂作業に協力するマイナーの姿を見たイライザは、心を動かされることになる。

 あまりにも良くできた物語なのだが、原作はサイモン・ウィンチェスターが執筆した実録小説『博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』(ハヤカワ・ノンフィクション)。映画の後半で、マイナーはより悲惨な状況に陥るが、それも事実に基づいていることが原作には記されている。ちなみに本作を撮ったファラド・サフィニア監督は、メル・ギブソン監督の歴史劇『アポカリプト』(06)の脚本家であり、4歳までイランで育ったイラン系米国人。メル・ギブソンとファラド監督はよりリアルな撮影を追求したために、製作会社と対立。米国での公開規模は縮小され、ファラド監督の本名ではない名前がクレジットされるはめとなった。

 主演のメル・ギブソンは『ブレイブハート』(95)や『ハクソー・リッジ』(16)などの優れた監督作を残しているが、差別的発言などのトラブルをたびたび招いている。ショーン・ペンも、過去には飲酒運転と暴力で実刑判決を下された。マドンナ、ロビン・ライト、シャーリーズ・セロンたちとの交際と別離で、ゴシップ誌の常連となっている。だが、メル・ギブソンもショーン・ペンも俳優として評価はとても高い。本作でも辞書づくりという地味な題材の作品を、ヒゲオヤジ2人の熱いバディムービーとして、魅力ある作品に押し上げている。スクリーンの中の2人は、現実世界を離脱し、『博士と狂人』という物語世界のキャラクターに完璧になりきってみせている。

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