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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.605

殺人犯や精神障害者の社会復帰は許されない? 贖罪の意識が歴史的事業を支えた『博士と狂人』

文=長野辰次(ながの・たつじ)

 

メル・ギブソンとショーン・ペンががっつり共演した実録ドラマ『博士と狂人』。

 オックスフォード英語辞典といえば、英国の名門オックスフォード大学の出版局が発行している世界最大にして最高峰の英語辞典だ。そのオックスフォード英語辞典(OED)の編纂に、殺人を犯した精神障害者がかかわっていたことはご存知だろうか。その事実を知ったことで、OEDの価値は下がってしまうだろうか。メル・ギブソンとショーン・ペンという重量級のハリウッドスターが共演した『博士と狂人』は、全12巻の刊行が終了するまでに70年の歳月を費やす歴史的大事業となったOEDの編纂がどのようにして進められたのかを描いたノンフィクションドラマ。過ちを犯した人をバッシングすることが日常となっている不寛容な現代社会において、注目すべき作品となっている。

 時は19世紀後半。ビクトリア朝時代の英国・オックスフォード大学では、全世界に英国と英国文化の権威を示すために英語辞典の編纂作業が始まっていた。だが、膨大な量となる英語をすべて収録する辞書づくりは難航を極める。そこで編集主幹に起用されたのが、世界の言語に精通し、博学で知られる言語学者のジェームズ・マレー博士(メル・ギブソン)だった。学士号を持たないマレー博士は、学界では異端児だったが、それゆえに常識に囚われない画期的な発想で編集作業を進めるに違いないと期待される。

 マレー博士は、シェイクスピア時代以降のあらゆる英語を収録し、語源、さらには用例をさまざまな文献から世紀ごとに網羅するという壮大な辞書を目指した。正規の編集者だけでは、手が足りない。そこで英国や米国の書店に協力してもらい、ボランティアの募集を告知する。やがて、マレー博士のもとに大量の英語の用例集が郵送されてきた。用例はとても的確で、引用した文献も文句のないものばかりだった。送られてきた住所を調べると、そこは精神病院だった。

 送り主は精神病院に勤める職員だろうとマレー博士は思っていたが、そうではなかった。大量の用例集を長年送り続けてくれたお礼を伝えるために、マレー博士は精神病院を訪ねる。マレーの前に現れたのは、入院患者のウィリアム・チェスター・マイナー(ショーン・ペン)だった。マイナーは精神障害から罪のない労働者を射殺していた。OEDの編纂に欠かせないボランティアは、精神障害を抱えた殺人犯だったのだ。

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